■医療基準の不在と差別のハードル

 一方、チャリットさんは最初の投与の前に、自分の体の変化に備えるために精神科医に何度も会った。「精神科医からは、私がいつから男性になりたいと思っていたかとか、私が変わっても友人や周りの人たちは受け入れてくれそうか、といった質問をされた」と言う。今では2週に1回、ホルモン注射を受けている。

 きちんと医師の下でホルモンを投与することによって、誤った量を投与されて肝臓や循環器系の障害を引き起こす危険を避けることができると、専門家たちは言う。注射器を使い回したりすれば、HIV感染のリスクもある。

「アジア太平洋トランスジェンダー・ネットワーク(Asia-Pacific Transgender NetworkAPTN)」のような人権団体は、性別適合手術をめぐる公衆衛生問題は、医療現場の主流からはほとんど無視されていると訴える。APTNのジョー・ウォン(Joe Wong)さんは「トランスジェンダーの人たちへの施術の公式なガイドラインも、ホルモン投与の監視もない」と言う。

 外国からみれば、タイはトランスジェンダーに寛容な国に見えるが、社会の多くの場所はまださまざまな意味で保守的だ。タイのトランスジェンダーは、男性から女性になるケースが多く、「レディーボーイズ」と呼ばれる彼らが目立つのはエンターテイメント産業と性産業だ。水準の高い教育を受けても、常勤の仕事を得たり職場で要職に就いたりすることは難しく、同性婚もまだ合法ではない。軍では2012年までトランスジェンダーを精神疾患とみなしていた。

 クリニックの医師の一人は、医療機関でも差別は残っており、多くのトランスジェンダーが適切な医療を受ける妨げになっていると語った。

 性別適合手術を受けることも考えているチャリットさんは、ホルモン治療を開始して数日後、テストステロンの分子を模したタトゥーを腕に入れた。「私はホルモンを一生打っていく必要がある。このタトゥーもまた、私と一緒にずっと生きていく」(c)AFP/Delphine THOUVENOT and Ju APILAPORN