■「犯罪が見逃される」

 経済協力開発機構(OECD)が2015年に発表した統計によると、人口10万人当たりの殺人件数を示す殺人率が、日本ではわずか0.3%。これに対し、米国は5.2%、フランス0.6%、ドイツ0.5%だった。

 警察によると、日本では2015年、殺人は未遂も含め933件発生し、その数は2004年から減少傾向にあるという。だが解剖率の低さが、本当の数字を隠している可能性があると、専門家たちは語る。

「犯罪死でないと考えられた場合でも、死因が明らかでない場合に解剖して死因を究明する制度があれば、一定の確率で見逃しは減るものと考える」と、福岡大学(Fukuoka University)法医学教室の久保真一(Shinichi Kubo)教授は語る。

 常磐大学(Tokiwa University)大学院の諸澤英道(Hidemichi Morosawa)教授は、推測の範囲としながら、問題の一端は大きな負担が強いられるために、警察が殺人事件にしたくないことにあるのではと見方を示し、犯罪を特定する機会を増やすためにも、警察は「できるだけ解剖するというのが基本原則だと思う」と述べた。

 2010年に逮捕された木嶋佳苗(Kanae Kijima)被告の事件では、被告が逮捕された時点ですでに3人の犠牲者が出ていた。木嶋被告は、交際相手に睡眠薬を飲ませ、練炭自殺に見せかけて男性らを殺害したとされる。警察は当初、被害者らを一酸化炭素中毒で自殺と断定し、司法解剖を行わなかった。木嶋被告には二審で死刑判決が下された。(訳注、現在最高裁に上告中)

 岩瀬教授によると、司法解剖は多大な労力を要する困難な仕事で、死体の損傷が激しければ2日かかることもある。加えて、解剖を行う医師らはC型肝炎やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染するリスクに直面している。そうした仕事内容にもかかわらず、法医学者らの大学での給与は小さな病院の勤務医よりも安く、授業や研究と解剖とをうまく両立させる必要があるという。

 警察は、遺体の検視を行う検視官の数を、2008年の160人から昨年は340人に増やした。警察庁刑事局捜査第一課の親家和仁(Kazuhito Shinka)検視指導室長によると、検視官になるには刑事として殺人事件に関わり、10年以上の捜査経験が必要で、10週間の専門教育を受けなければならないという。

 親家室長は、「警察としては法医学の専門知識を有した医師との連携をはかって、死体所見を見誤らないようにするというのが大事」だと語った。

 筧被告の事件をふまえ、警察は今年の4月から全ての遺体について薬毒物が使われていないか検査する方針を固めた。

 死因を特定するためにも薬物検査は必要だと、岩瀬教授は語る。「解剖だけしたから犯罪を見つけられるというわけではなく、解剖に付随して薬物検査なども十分に行わないと、犯罪を見逃す」

(c)AFP/Natsuko FUKUE