■「先住民の伝統」

 ワニ・レスリングはアメリカ先住民の伝統とされている。ある歴史学者によれば、1900年代にアイルランド系移民の息子である白人のヘンリー・コッピンガー・ジュニア(Henry Coppinger, Jr. )によって広められたという。自身もワニ・レスラーだったコッピンガーは、ワニと共に生き、狩猟をしていた先住民たちを勧誘した。

 だた、この伝統が今、廃れつつある。背景には、動物保護団体からの批判や、カジノ事業の方が先住民コミュニティーにより多くの現金収入をもたらすという事実、若い世代が次第に現代社会で仕事を求めるようになっていることなどが挙げられる。

 ミコスキーと歴史的なつながりがある、人口2000人前後の先住民セミノール(Seminole)の中に、ワニ・レスラーを続けている人が何人かいる。作家で人類学者のブレント・ワイズマン(Brent Weisman)氏によると、こうした人々は「観光客誘致のためではなく、セミノール文化の伝統を継承していく手段として、続けることを非常に慎重に選んだ」という。

■「ボディーランゲージを読み取る」

 ジムさんは13歳の時、父親のロッキー・ジム・シニア(Rocky Jim, Sr. )さんからワニの扱い方を習った。2人はよくカメを探しにエバーグレーズの運河に出かけ、どうしたらカメを、そして自分自身を傷つけることなく、扱うことができるのかを父親が実際に示してくれた。

 そして、30代の時、ミコスキーの人々からインディアン・ビレッジ(Indian Village)でワニのショーをやってくれないかと持ちかけられ、引き受けた。観光客が立ち寄るこのビレッジでは工芸品が売られ、湿原をエアボートで走るアクティビティーなども用意されている。

 自分の体重(約125キロ)より重いワニを引きずったり叩いたりして闘ったほか、時には凶暴なワニに大接近するなどして、すっかり有名になったジムさん。「秘訣(ひけつ)は?」と聞くと、「ワニに敬意を払うこと」だと返ってきた。