■傷ついた自尊心・新生活へ

 温かい声で話すアセベスさんの顔におずおずとした笑顔が浮かんだのは、日本と英国のテレビに出演するために2回、顔の毛をそった際の話をしたときだった。「あんまりいい気分のする体験じゃなかった。好きではなかった。自分が知らない人間みたいに見えた。テレビのSFドラマに出てくるキャラクターみたいに顔が紫か青に見えたよ」。

 サーカスでピエロをしていた女性と結婚した。13歳の娘がいるが彼女も多毛症だ。妻の前に付き合っていた女性との間にできた娘二人も多毛症だが、現在二人とは疎遠になっているという。サーカスで働くのは初めのころは楽しかったが、20年以上にわたって「プロの怪物」を続けてきた結果、自尊心は傷ついていた。「傷つけられていた。でも、ずっと後になるまで自分でそれに気がつかなかった」という。

 数か月前、アセベスさんは新しい仕事を始めた。路上でびんやダンボールをリサイクル用に回収する仕事だ。新しい仕事と同時に新しい生活も始まった。飲酒をやめ、道を歩くときに顔を隠すこともやめたアセベスさんは、「窮屈な思いをするのはうんざりだ。みんなと同じように幸せにならなくちゃ」と話した。

 メキシコ人映画監督エバ・アリディス(Eva Aridjis)氏は、「チュイ(Chuy)」というあだ名をもつアセベスさんとその家族に1年半にわたって密着取材し、「Chuy the Wolf Man(チュイ、オオカミ男)」と題するドキュメンタリーでアセベスさんの奮闘を描いた。

 メキシコ人にとって、アセベスさん一家の話から思い出すのは、多毛症で19世紀に世界的に有名になった北部シナロア(Sinaloa)州の先住民の女性、フリア・パストラナ(Julia Pastrana)だ。パストラナは、「サル女」「世界一醜い女」などとして欧州で見せ物にされた。1860年、出産の際の合併症で亡くなった彼女と子どもの遺体は防腐処置を施され、何十年もの間、展示され続けた。ノルウェーからメキシコへ遺体を返す運動が実を結び、ようやく遺体が埋葬されたのは2013年だった。(c)AFP/Carola SOLÉ