■ウィリアムス姉妹vsスイス勢

 ヴィーナスが全米オープンで初めて決勝に進出し、マルチナ・ヒンギス(Martina Hingis、スイス)と対戦を果たした1997年に産声を上げたベンチッチは、そのヒンギスと、自身の父親に見守られながら試合に臨んだ。

 ヴィーナスは、ヒンギスを「ちょっとだけ見た」と明かすと、「難しいけど、彼女が(ベンチッチに)どんなアドバイスをしたのか推測してみるの。だから、対戦相手を見るのは興味深かった。(ヒンギスも)良いプレーをしているし、シングルスでもまだいけるんじゃないかしら」とコメントした。

 しかしヒンギスが世界のトップに上り詰めたとたん、ウィリアムス姉妹がめきめきと力を上げて、同時の女子テニス界を席巻したという過去がある。

 ベンチッチは、「ある日、彼女(ヒンギス)が言ったんです。彼女たちに火がついたら止めるのは難しいと」と明かしている。

「でも虎視眈々(たんたん)とチャンスを狙い、少し調子が狂ってきたところで、チャンスをものにしなければなりません」

 実際、カナダのトロント(Toronto)でそれを成功させたベンチッチは、世間に自身の名を広めたようだ。

「気付いてくれる人が増えたような気がします。『ああ、セレーナを倒した子ね』という感じで。私の名前は知られていないけど、存在は認識しているみたいです。特に大きな変化とは思いませんが」

 ヴィーナスは、ベンチッチの年齢のころの自分を振り返り、「当時はノープランだったわ。ただ戦うだけ。今はプランを持ってプレーしている」と語った。

「当時は何も考えないから楽しかったわ。すべてを出し切るだけ。それを経験した上で、今はいろんなツールを駆使しているということね」

(c)AFP