■「始めなければ」

「法律がすぐには変わらないのは分かっているが、僕たちは始めなければならない。問題を皆の目に触れさせる必要がある」と金監督は語る。

 ソウルのアパートをシェアするパートナーの金承煥さんは30歳。ともに韓国で同性愛者として育ったが、年が20歳離れた2人の経験はかなり違う。金監督は、「彼の方がずっと楽」だったはずだと言う。

 地方育ちの金承煥さんは2004年に高校を卒業し、ソウルに上京した。その頃にはすでにソウルのゲイ・コミュニティーは確立されていた。「ひどい話をさんざんされてきた自分にとって、目が覚める思いだった」

 しかし、当時はゲイの運動家の間でさえ実名を明かさないという暗黙のルールがあり、職場などゲイ・コミュニティーの外で自分の性的指向を明らかにする人はほとんどいなかった。「キャリアに影響があるんじゃないかと本気で恐れていた」と金承煥さんはいう。「だから、ほとんどの運動家たちは通名を使っていた。本名や年齢、住所を聞くのは非常識だった」

 同じ懸念は、映画界でプロデューサーや監督としてキャリアを築き始めたころの金監督にも常につきまとっていた。