■「危機的な国では未来が見えない」

 手持ちの資金が十分ある難民はまず、ホテルの部屋を探す。それ以外の者は、慈善団体や住宅協会を訪ねるか、隣国マケドニアまで車で乗せていってくれる人を探し始める。

 緊急医療援助団体「国境なき医師団(Medecins Sans FrontieresMSF)」で働くナンシー・レティニオッティ(Nancy Retinioti)さんは、ギリシャの制度は新たにやってくる移民に全く対応しきれていないと話した。「ギリシャには難民用の住宅は、たった1000戸程度しかない。それでは足りない」

 国連難民高等弁務官事務所(UN Refugee AgencyUNHCR)によれば、昨年1年間でギリシャにたどり着いた移民は4万3500人。しかし今年は前半だけで、6万9000人を上回った。しかも1月の1700人から、4月には1万3500人、6月には2万4400人と、月を追うごとに増加している。大半はシリアから来る人々だ。

 しかし、ギリシャの庶民に脅威をもたらしている債務問題と緊縮策の危機は、移民にも打撃を与えている。「以前は難民認定を受けると就労許可をもらえる可能性があった。でも、もう昔の話だ」とレティニオッティさんはいう。「法律に基づいて医療サービスは受けられるが、行政上の障害と言葉の壁にぶつかる。その上、避難民を治療するのに金銭を要求する医師もいる。これは違法行為だ」

 レティニオッティさんと同じく「国境なき医師団」で働く心理学者、ヤニス・カリボプーロスさん(Yannis Kalyvopoulos)は、自分が診た移民の大半は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えていたと話す。「子どもたちの多くは、親や身内を亡くしている。心に傷を負い、不眠症を患っている」。そうしたところに不安定な状態が続くと「症状が悪化する」と警鐘を鳴らす。「支援を受けられる環境にいれば、新しい国にも溶け込みやすいのだが」

 レティニオッティさんは、移民の多くはすでに腹をくくっているのだという。「彼らはもう、ギリシャへの亡命は求めていない。危機的なこの国では、未来が見えないから」

 到着して3日後、ディーンさんはもう電話に出なかった。一家は、もっと明るい展望を求めて立ち去っていた。(c)AFP/Pauline FROISSART