ジューナさん、本名エフゲニア・ダビタシビリ(Yevgenia Davitashvili)さんは、キリスト教の数派の一つ、アッシリア東方教会を信仰する小さな民族の出身で、自分が漆黒の髪を持つことを強調し「アッシリアの王女」を名乗っていた。ロシア南部のクラスノダール(Krasnodar)地方で、イラン人の父とコサック人の母の間に生まれた。看護師としての訓練を受けた後、手を使った患者の治療を始め、首都モスクワ(Moscow)では国家計画に携わる機関の下で働き、著名人を治療するようになった。映画監督の故フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)氏や故アンドレイ・タルコフスキー(Andrei Tarkovsky)氏も、ジューナさんに助けを求めていたという。

 またジューナさんと結婚していた当時はロックミュージシャンだった11歳年下のマトビエンコさんによれば、ジューナさんは1982年に死去した当時のブレジネフ書記長をはじめ、85年から91年に旧ソ連の外相を務めた故エドゥアルド・シェワルナゼ(Eduard Shevardnadze)氏にも助言を与え、その内容を「決して漏らすことはなかった」。ジューナさん夫妻が住んでいたモスクワのマンションにはクレムリンのリムジンが乗りつけ、夫妻の家は「クレムリンの指導者たちとアーティストが一緒に集う」ファッショナブルなサロンになっていたという。マトビエンコさんは「モスクワ中心部で挙げた私たちの結婚式には、ソ連共産党政治局(Politburo)のほぼ全員が来た」と述べた。

 ジューナさんの存在が広く一般に知られるようになったのは旧ソ連崩壊後で、メディアに頻繁に登場するようになった。94年にはロシアのボリス・エリツィン(Boris Yeltsin)初代大統領から勲章を授与された。ジューナさんはいつも多発性硬化症や末期がんといった深刻な病気の患者を受け入れていると語っていた。

 しかし、2001年に交通事故で息子をなくすと公の場にあまり姿を見せなくなった。友人たちは、ジューナさんが息子の喪失から立ち直ることはなく、治療もできなくなってしまったと述べている。(c)AFP/Marina LAPENKOVA