「ミスター・ホワイトソックス」のミノーソ氏が死去
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■キューバの彗星(すいせい)
フルネームはサトルニノ・オレステス・アルマス・ミノーソ・アーリエタ(Saturnino Orestes Armas Minoso Arrieta)で、「キューバの彗星」という異名を持つミノーソ氏は、大リーグでラテン・アメリカ系住民の先駆者となり、ホワイトソックスでは現役生活17年間のうち12年間を過ごした。
オールスター選出9回を誇り、主に外野手として活躍したミノーソ氏は、生涯打率2割9分8厘で通算成績は186本塁打、1023打点、336二塁打、83三塁打という成績を残している。
また、ゴールドグラブ賞3回のほか、アメリカン・リーグでは三塁打と盗塁の数でシーズン最多3回、二塁打数で最多1回を記録している。
ミノーソ氏の年齢に関しては情報が混同しており、ホワイトソックスは90歳で死亡したと発表しているが、MLBの記録専門サイト「ベースボールリファレンス(Baseball-reference.com)」では89歳となっている。
1964年に一度引退したミノーソ氏だったが、1976年に現役復帰を果たすとホワイトソックスで出場した3試合で8打数1安打を記録した。
さらに1980年にも2打席に立ち無安打に終わったものの、(40年代から80年代までの)合計5つの年代でプレーした2人のうちの1人となっている。
ホワイトソックスは1983年にミノーソ氏の背番号9を永久欠番とし、2004年には銅像も完成させたものの、その活動が野球殿堂(Baseball Hall of Fame)入りに貢献することはなかった。
ラインズドルフ氏は2011年に、「ミニーが選出されなかったのは理解できない」とし、「彼は走攻守に優れていた。走力と守備力があり、力強い打撃力とバント技術、そして盗塁もできた。私が見たなかでも最も素晴らしい選手の一人だ」と称賛している。
オバマ大統領は、クーパーズタウン(Cooperstown)行きを果たせなかったとしても、ミノーソ氏の功績が色あせることはないと述べた。
「ミニーの存命中は野球殿堂入りを見過ごされてしまったかもしれないが、私や黒人及びラテン・アメリカ系の若者世代にとって、彼が米国で築き上げた典型的な物語は、盾に刻まれる以上のものがある」
そのミノーソ氏は、野球をすることだけで十分だったようで、「野球をしながら死にたい」と望み、「本当だ。墓に埋めるときは絶対にユニホームを着せてくれ。たとえ死んでも、ホワイトソックスの背番号9を着ていれば、私は幸せだ」と述べていた。(c)AFP