【1月28日 AFP】第2次世界大戦(World War II)中ナチス・ドイツ(Nazi)がユダヤ人を大量虐殺し、「死のキャンプ」と呼ばれたアウシュビッツ・ビルケナウ(Auschwitz-Birkenau)強制収容所が解放されて27日で70年を迎えた。ポーランド南部オシフィエンチム(Oswiecim)にある収容所跡では同日、追悼式典が開かれ、出席した高齢の生還者らが史上最悪の残虐行為の一つを決して忘れてはならないと訴えた。

 雪に覆われ冷たく荒廃した収容所跡で行われた式典には各国首脳に並び、今やその多くが80~90歳台になった生還者約300人も出席した。収容者の服と同じ青と白のしま模様のスカーフを着用して式典に臨んだ人もいた。フランスやドイツをはじめ、欧州各地で反ユダヤ主義の再燃が懸念されている中での開催となった。

「われわれの過去を、子どもたちの未来にしたくはない」と訴えたのは、生還者の一人、ロマン・ケント(Roman Kent)さん(86)。「アウシュビッツの入り口で目にした残虐行為だけで(当時のことを)永遠に記憶するには十分だ。辺りに充満した焼け焦げる人肉の臭いをどうやったら忘れられるというのか」と、ケントさんは抑えきれない感情に声を震わせた。

 日が落ちると各国首脳や生還者らは、収容所の周囲に張り巡らされた鉄条網の影が落ちる手すりに沿って歩き、花輪やろうそくなどを手向けた。

 ドイツのヨアヒム・ガウク(Joachim Gauck)大統領、フランスのフランソワ・オランド(Francois Hollande)大統領、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ(Petro Poroshenko)大統領ら各国首脳が出席したが、ロシア、米国、イスラエルは首脳ではない代表者を出席させるにとどめた。

 この日は、アウシュビッツの所長だったルドルフ・ヘス(Rudolf Hoess)の孫、ライネル・ヘス(Rainer Hoess)さんも式典に姿を見せた。「私は自分の父も祖父も許すことができない。私は全く違っている」と語ったライネルさんは報道陣に対し、反ユダヤ主義との闘いに力を尽くすと誓った。(c)AFP/Mary SIBIERSKI