■悪夢は今も続く──

 ハーデン氏の著書の中で申さんは、13歳のときに脱出を試みて失敗し、ひどいやけどを負わされたり、拷問を受けたりしたと証言していた。だが、ポスト紙によると、これが実際に起きたのは20歳のときだったことを申さんは認めているという。

 また、食べ物が欲しくて収容所の看守らに母と兄が脱走を計画していると密告し、2人が目の前で公開処刑されたとしていた部分についても、実は2人が別の収容所にいるときに起きたことだと話しているとされる。

 韓国・ソウル(Seoul)を拠点とし、北韓人権市民連合(Citizens' Alliance for North Korean Human Rights)の顧問も務める人権問題の専門家は、申さんの発言の変化について「ささいな誤り」と説明。多くの避難民には、心に負った傷や、長年の苦難から自己防衛本能としての「選択的記憶」があるとした。

 そして「心の傷が都合の良いことだけ話させる場合がある。最もつらい経験の記憶を消してしまうことすらある」「申氏の話には誤りがあるかもしれない。だが、彼の全人生と彼が経験した悪夢は依然として、歴史の証拠として存在する」と述べた。

 申さんはフェイスブックへの投稿の中で、北朝鮮の政権に対して長年続けてきた活動を「継続できないかもしれない」と発言している。一方で、自身の支援者に対しては、闘いを続けてほしいと呼び掛けた。「現在も続く不愉快で言葉にするのもはばかれるような恐ろしい行為については、どうしても世界中に知らせる必要がある」という。

 さらに「これが私の最後の言葉…最後の投稿となるだろう」と述べ、感謝の言葉で文章を締めくくった。

 申さんは、北朝鮮で行われている人権侵害を非難する活動家の中でも、最も広く知られている一人だった。北朝鮮は彼がうそつきで、犯罪者であると主張、申さんの信用を落とそうと画策してきたという。昨年10月には、一家が収容所に入ったこともないと話す父親のインタビューをテレビで放送している。

 申さんはこれに対し、父親は発言を強要されたに違いないと考えており、北朝鮮に残してきた家族が受けただろう処罰のことを考えると、罪悪感で「死にたい」気持ちに駆られると、その胸の内を語った。(c)AFP