【12月24日 AFP】彼は何年もの間、一度は超大国だった祖国に力と尊厳を断固として取り戻す、冷徹な現実主義者の役割を演じてきた──そして2014年2月27日、ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は、「ならず者」になった。

 ウクライナのクリミア(Crimea)半島に正体不明の部隊を派遣し、ロシアによるクリミア半島編入という帰結をもたらしたプーチン大統領の決断は、やっかいな隣国に対する侵略というだけにとどまらない、はるかに大きな意味を持っていた。

 それは、第2次世界大戦(World War II)の終結後、おおむね維持されてきた国際システムの基盤に対する直接的な攻撃だった。それは歴史のごみ箱に人々が捨て去った「領土侵略」という考えを復活させるものだった。

 プーチン大統領は、かなりの大胆さで国際社会のルールをひっくり返し、世界が同大統領の意図や次の行動に確信が持てなくなる──あるいは同大統領がそもそも間違ったことをしたのかどうか分からなくなる──のに十分な程度に、不確実さをまき散らした。

 柔道の達人のごとくプーチン大統領は、人権と自己決定という欧米の理屈を持ち出して、まずは侵略行為を否定するプロパガンダを大量投下し、次いで自らの行為がウクライナで権力を掌握した「ファシスト軍事政権」からクリミアを救う救出作戦であるかのように見せかけた。

 現実に起きている出来事に対するプーチン大統領のしらじらしい否定に、世界は不意を突かれた。だが、10年にも及ぶ欧米の中東への介入の後では、欧米による抗議の方が偽善に聞こえた。

 ロシア国内の反応は圧倒的だった。冷戦終結がもたらした屈辱の下に長らく埋もれていた自国への誇りがあふれ出す中、プーチン大統領の支持率は90%に急上昇した。