【12月3日 AFP】イタリアの映画監督で詩人の故ピエル・パオロ・パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini)氏が1975年11月2日、当時17歳の青年によって殺された事件が、40年近い歳月を経て新たな展開を見せている。

 2010年に事件の再捜査を始めた検察官は、パゾリーニ氏殺害で有罪判決を受けたピーノ・ペロージ(Pino Pelosi)元受刑者が、これまで述べてきた単独で同氏を殺害したという主張を覆し、別の2人の人物が同氏を殴打して殺害したと証言したという。

 また2日の報道によると、パゾリーニ氏が事件当時着用していた衣服から採取されたDNAサンプルから、少なくとも3人のDNAが検出された。

 多くのイタリア人は、パゾリーニ氏が同性愛者で急進的な思想を抱いていたためか、あるいは当時存在した政党「キリスト教民主主義(Democrazia Cristiana)」が支配していた権力層が同氏の作品を危険視していたために、ネオファシストの一団によって殺害されたと考えてきた。

 当時、男娼だったペロージ元受刑者は裁判で、首都ローマ(Roma)近郊のリゾート地オスティア(Ostia)の海岸で、パゾリーニ氏に強姦されそうになり殺害したと証言。その後、禁錮9年の判決が言い渡された。しかし、この証言の信ぴょう性については常に疑問の声が上がっていた。

 中でも、ペロージ元受刑者はパゾリーニ氏よりもかなり小柄だったため、同氏を押さえつけて激しく殴ることが可能だったのかという点が特に疑問視された。パゾリーニ氏は死亡当時、複数の骨折を負い、睾丸(こうがん)をつぶされ、さらに体の一部を焼かれた状態だった。

 報道によると、ペロージ元受刑者は新たな証言で、パゾリーニ氏が所有する車から同氏と2人で降りたところで、2台の車と1台の原付自転車でやって来た少なくとも6人のグループに襲撃されたと述べている。また襲撃者たちのうち2人が、同氏を棒で叩きのめした後に車でひいたと話している。(c)AFP