【12月28日 AFP】煙草の煙が立ち込める都内のカラオケボックスの一室で、保険ブローカーの千葉信介さん(41)は、少し明るめに編曲されたセックス・ピストルズ(Sex Pistols)の「アナーキー・イン・ザ・UK(Anarchy in the UK)」を目を大きく見開いて熱唱した──。

 きちんと折りたたんだ上着を書類かばんの上に置き、ちょっとだけネクタイをゆるめた千葉さんは、ピストルズのリード・ボーカル、ジョニー・ロットン(Johnny Rotten)とは似ても似つかないものの、同僚から温かい拍手を受け、一礼してマイクを渡すとビールジョッキを傾けた。

 同僚たちが大騒ぎで歌謡曲を歌う横で、2人の子どもを持つ千葉さんは「子供のとき、宇宙飛行士になりたかったけど、親父に『馬鹿だよ!』と言われた。父は、40年間富士通に勤めてて僕も富士通に入社しろと。でも入社試験でしくじった。13年間保険会社で働いてる。今の不景気で段々厳しくなっているのは事実」と話した。

 雨が降る木曜日の夜、終電の時間が刻々と近づく中、ビールを次々と飲み干し、猛烈なペースでたばこを吸う千葉さんら5人のグループは、まさに典型的な日本の「サラリーマン」の姿にあてはまる。

 日本ならではの「コーポレート・サムライ」、つまり企業戦士たちの姿は、この国が戦後奇跡的な経済成長を遂げた時代にその数が膨れ上がった一生懸命に働くサラリーマンたちの文化を簡潔に表している。彼らはラッシュアワーの満員電車に詰め込まれ、12時間以上に及ぶことも珍しくない長時間労働をこなし、上司が帰るまで退社しようとしない。夜になれば取引先の相手と飲んだり、職場の親睦を深める社内の飲み会に半ば強制参加させられたりすることもある。

 夜遅くには、自宅までの長い距離をタクシーに乗って帰る事態を何としても避けようと、多くの人々がふらつきながらも最終電車に駆け込む。電車の中では乗客の多くが、降車駅を乗り過ごさないよう睡魔と闘っている。しかしその抵抗もむなしく、いびきをかき、スーツによだれを垂らして眠り込む人たちも少なくない。

 テンプル大学ジャパンキャンパス(Temple University Japan Campus)アジア研究学科のジェフ・キングストン(Jeff Kingston)教授は「この国でサラリーマンという存在は、『愛すべき対象』として取り上げられる」と話す。「彼らは悲しげで、太ったサンドバッグのような存在だが、ある意味では敬意を払われてもいる。『日本株式会社』の歩兵なのだから」