■死亡現場で重大な見落とし

 2000年に復帰したパンターニ氏は、その年のツール・ド・フランスでステージ2勝を挙げるが、前年のジロ・デ・イタリアで出場停止になったことが、低迷のきっかけになったとする見方が強い。

 検察は、1999年のジロ・デ・イタリアと、2004年のパンターニ氏の死が関連している可能性を、除外していない。死亡現場のホテルがあるリミニの検察も、2月14日にパンターニ氏が死亡したのは、コカインの過剰摂取ではなく、殺人の可能性もあるとしている。

 捜査の結果、パンターニ氏が死亡していたホテルの部屋で、警察が重要な証拠を見落としていたことが分かったという。

 ガゼッタ・デロ・スポルト紙によれば、発見されたとき、パンターニ氏の頭部、首、脚、眉、手首に傷があったものの、両手は無傷だったという。また、ベッドの横に水と少量のコカインの入ったボトルが置いてあったとされているが、中身は「分析されていない」という。

 検察は、パンターニ氏がこの液体を飲まされた後、「故意に殺された」可能性を視野に入れて捜査している。

 パンターニ氏の母親は、「うれしいとは言えません。マルコが戻ってくることはないし、私の痛みが消えることはありません」とし、「それでも、今まで聞かされてきたことと事実がまったく違うということを、人々が理解するきっかけになるでしょう」とコメントした。(c)AFP/Justin DAVIS