■実験に肯定的だったボランティアたち

 英心理学専門誌「ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・サイコロジー(British Journal of Social Psychology)」に発表された新たな研究は、先の実験の中で「教師役」とされたボランティアたちについて、さらに詳しく調査した。研究チームがエール大学の保管庫から探し出したのは、実験終了後、実験の真の目的と、拷問が嘘だったことを告げられたボランティアたちが書き残したコメントだった。

 ボランティア800人のうち感想を書き残したのは659人。このうち実験中に不安や苦痛を感じたと答えたボランティアは一部で、多くは実験について肯定的に報告し、一部には極端に肯定する者もいた。

 例えば「このような重要な実験に参加することでのみ、人は良い気分になれる」「人間と他者に対する態度の発達について、ささいな方法ながらも貢献できたと感じる」「こうした研究が人類に寄与するものだと考えるのならば、もっとこうした実験を行うべきだと言える」といった感想だ。

 こうした幸福そうなコメントは、電気ショックが偽物で、従って誰も傷つけてはいなかったことが分かった安堵(あんど)感に由来したのだろうか。

 そうではない、と今回の研究の論文は主張する。義務を果たしたことや、価値あることに貢献したという喜びが、コメント全般にみられた。ミルグラムは実験前、ボランティアたちに具体的な内容は告げずに、しかし、これから行う実験は知識を進化させるものだと告げていた。

 参加者たちが名門エール大学に対する畏敬の念も働いた。コネティカット(Connecticut)州ブリッジポート(Bridgeport)のオフィスで同じ実験を行ったときよりも、服従の度合が高かったからだ。論文は、ボランティアたちが「白衣の監視役」に無気力に従ったのではまったくなく、自分たちは「科学」という崇高な目的のために実行しているのだという信念を持って、電気ショックをエスカレートさせていったのだと指摘している。

 クイーンズランド大学のハスラム氏は「こうした場合、倫理的問題は通常考えられているよりも、もっと複雑だ。ミルグラムは明らかに参加者の不安を和らげた。有害なイデオロギー、つまり他の場合ならば非道なことでも、科学という大義のためであれば容認できるという考えを、参加者に信じ込ませることによって」と述べた。

 英セントアンドルーズ大学(University of St Andrews)のスティーブン・ライヒャー(Stephen Reicher)教授は今回の研究は、一般的な人物が異常なほどの実害を及ぼす行動を起こす可能性を指摘し、しかしそのときに主要因となっているのは思慮の欠如ではないことを示していると述べた。そして教授は「人々は自分たちが何をしているのか自覚していて、しかも、それを正しいことだと思ってやっているのだというのが、我々の主張だ。この根源にあるのは大義との一体化であり、権力がその大義を正当に代表していると容認するところから来ている」と語った。(c)AFP/Richard INGHAM