■ベディルハンさんが切り取った「シリアの自画像」

 映画の中でベディルハンさんは、ホムスの自宅アパートに戻った時のことを振り返り、そこに「今の自分の残像」と「ネコのように泣いている年老いた父」を見たと語る。

 ベディルハンさんは連日街に出て、バッシャール・アサド(Bashar al-Assad)大統領に対するデモの様子を撮影した。映像には銃撃と遺体ばかりが写っていた。政府軍から離脱した兵士から、拷問と殺りくの動画を入手したこともあった。

 ある日ベディルハンさんの暮らす地区に兵士らがやって来て、住民に大声で退去を命じた。「彼(父)に別れを告げ、私は脇目もふらず走った。一度でも振り返れば殺されていたでしょう。私は母が倒れるのを見た。彼女は立ち上がらなかった」

■「シリア国民に声を与えたい」

 モハメド監督は、ベディルハンさんから電子メールで次から次へと送られてくる映像に、不安を抱きながらものめり込んでいく自分に気が付いた。その映像を通して、自分自身が反体制派運動に加わる「仮想のルート」を、ベディルハンさんが開いてくれたのだと感じ、今度はどんな映像が届くのかと日々待ちわびるようになったという。

 同監督は、シリア内戦ほど、プロのジャーナリストよりも一般市民が多数の衝撃的な映像に収めた紛争はないのではないかと指摘する。そしてアサド政権は、シリアの人々が個々に語る物語を破棄したいはずだとしながら、自分の映画がそのような人々に声を与えることになるという使命感で制作に取り組んできたと語っている。

 カンヌでの作品上映当日、惜しみない拍手とスタンディングオベーションで来場者から迎えられたベディルハンさんは、内に秘めた感情をこらえきれず思わず両手で顔を覆い、すぐそばに立つ監督から肩を抱かれていた。(c)AFP/Helen ROWE