AFPの写真で振り返る「顔の肖像」 - ミランの指揮官セードルフ監督
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ユーロ2004の直前には、当時オランダ代表を率いていたアドフォカート監督に対してトップ下のポジションを要求し、メディアの批判にさらされた。ファンバステン監督は2006年W杯でセードルフを選ばず、逆にユーロ2008ではセードルフがファンバステン監督への不満を口にして自ら辞退を申し出た。
なぜミランでは自己犠牲の精神に溢れた選手が、代表では自己主張が強すぎる選手になってしまったのか? ひとつ理由として推測できるのは、当時オランダでは、国外で活躍するスターはセードルフだけではなかったということだ。メディアの関心はイングランドやスペインで活躍する選手にも分散し、国内にもアヤックス、PSV、フェイエノールトといった人気クラブが存在するため、ミランにおける活躍と貢献度がすべて正確に母国まで届くわけではなかった。
イタリアで日々の働きが正当に評価されるほど、オランダに戻ると温度差が大きくなった。ミランにいれば得られるリスペクトが、代表で欠けていたことが、必要以上な自己主張につながったのではないだろうか。
だが今、セードルフが監督としてスタートを切ったのは、その真のホームグラウンドであるミランだ。オランダ国内からは経験の乏しさを疑問視する声もあがったが、ミラノのメディアは好意的に迎えようとしている。
セードルフがセリエAの舞台で成功し、いつかオランダ代表の監督に就任したとき、すべての誤解が解けるのではないだろうか。(c)AFPBB News/木崎伸也