老人の遺骨があった穴は、柔らかい石灰岩と粘土でできていた。自然界でみられるこうした岩石層は水平だが、遺骨の下の部分はほぼ垂直になっていた。ランドゥ氏は「この穴には自然にできたものが全くなく、いかなる自然現象にも一致しない。唯一残された説明は、人間が作ったものだということだ」と述べている。

 この墓穴の最近の発掘作業は1999年に始まり、フランス国立科学研究センター(CNRS)、ボルドー第1大学(Université Bordeaux 1)パセア研究所(PACEA)、民間の研究機関アルケオスフェール(Archeosphere)の専門家が参加した。

■集団にとって重要な「長老」か

 この老人の正体は謎のままだが、少なくとも老人が属していたネアンデルタール人の集団にとっては、重要な人物だったに違いないと研究チームは考えている。

 ランドゥ氏によると、老人は健康な歯を失っていたため、仲間が噛み砕いた食べ物を老人に与えていた可能性が高い。また右の臀部(でんぶ)に障害があり、椎骨が数本折れたり癒着したりしていたことから、自分1人で動き回ることはできなかった可能性があるという。「老人の仲間は死後に遺体を埋葬しただけでなく、老人が生きている間も世話をしていた。老人は集団内の仲間に助けられて長い間、生きることができていた」と研究チームはみている。

 トナカイやバイソンの骨も墓穴の付近で発見されているが、こうした動物の骨は老人の遺骨よりも損傷が激しいことから、老人の遺骨は入念に保護されていたことがうかがえる。ランドゥ氏は「もしもネアンデルタール人たちが単に老人の遺体を処分したいだけだったとすれば、野外に放置するだけで、すぐに肉食動物が食い尽くしていただろう。彼らはそうするのではなく、石や木や骨のかけらなど自分たちが持っていた道具を使って1メートル以上もの深さの穴を掘った」と指摘する。

 遺骨の保存状態が良いことから、老人は死後まもなく埋葬された可能性が高い。発掘では、墓を覆っていた堆積物を掘り起こすのに時間がかかったことから、地面を掘り、遺体を土で覆うために、老人が属していた集団はかなりの労力を要したと思われる。「全てこのネアンデルタール人の集団が、自分たちが生き残るために必須なことではなく、この老人の遺体をただ保護するために多くの時間を費やしたことを示している。他者に対するこの集団の意識が高いことを示している」とランドゥ氏はいう。

 この老人の怪我の原因は、長年にわたり議論されている。埋葬が本当に意図的だったのかどうかを疑問視する専門家もいる。ランドゥ氏によれば、もしこの障害のある老人が人々に敬われていたのだとすれば、そうした人間は他にもいたはずだ。しかし発見されているのは「今のところ、この老人だけのようだ」という。(c)AFP/Kerry SHERIDAN