【12月16日 AFP】19歳で出産してすぐ養子に出した息子の足跡を追っていた米女性(65)が、25年前に起きた米パンアメリカン(Pan Am)航空機爆破事件で息子が死んでいたことを知った。15日に放送された英BBCのドキュメンタリー番組が伝えた。

 BBCのドキュメンタリー番組によると、米オレゴン(Oregon)州のキャロル・キングエッカーズリー(Carol King-Eckersley)さんは昨年、息子の捜索を決意した。

 息子の養子縁組後の氏名がケネス・ビセット(Kenneth Bissett)であることを知っていたキングエッカーズリーさんは、いつか息子と再会することができると信じていた。だが、パンアメリカン航空機爆破事件の追悼ページに息子の氏名を発見したとき、その希望はついえた。

「あの悲劇では270人が死亡し、その1人が私の産んだ唯一の子どもだった。そして私は4月までそのことを知らなかった」と、キングエッカーズリーさんはBBCに語った。「だから、その事実を知った時は二重の悲劇に見舞われた。1日のうちに、息子を発見し…そして失った」

 1988年12月21日、ロンドン(London)からニューヨーク(New York)に向かっていたパンアメリカン航空103便は英スコットランド(Scotland)ロッカビー(Lockerbie)上空で爆破され、乗客乗員259人と、地上の11人が死亡した。リビアが2003年に犯行への関与を認め、遺族に総額27億ドル(約2800億円)の補償金を支払った。

 キングエッカーズリーさんは、1967年に息子を養子に出した後、息子は捜さないという約束をずっと守ってきた。だが、2012年の夫の死去から立ち直るためのきっかけとして、息子の捜索を始めたという。