【12月4日 AFP】長きにわたって教育の機会を奪われ、半ば売春行為を生活の糧とすることを余儀なくされてきたアルゼンチンのトランスジェンダー(性別越境者)の人々のための学校が、首都ブエノスアイレス(Buenos Aires)で開校している。

 チャカリタ(Chacarita)地区で現在は使われていない古い鉄道ビルの5階にある学校「モチャ・セリス(Mocha Celis)」には、生徒40人が通っている。

 通常の仕事に就く前に高校卒業と同等の教育を受けられるようにすることを目的とする同校では、トランスベスタイト(異性装者)を含むトランスジェンダーの生徒らのライフスタイルを尊重するかたちが取られるという。生徒の多くは夜に売春をしており、明け方に眠るため、授業は午後に行われる。教師はボランティアだ。

 13歳で家を出たダニエラ・マルカドさん(27)は、この学校に通って、失った時間を取り戻すと心に誓っている。父親には「泥棒や麻薬をやる息子のほうがましだった」と言われたという。父親はトランスジェンダーが「感染」するとの理由で、マルカドさんが兄弟に会うのを禁じている。

 1998年に小学校を卒業したマルカドさんは、15年を経てようやく学校に戻ることができた。

 学校名のモチャ・セリスは、90年代に射殺された読み書きのできなかったトランスベスタイトの名前からとった。同校のプロジェクト・コーディネーターであるフランシスコ・キノネス(Francisco Quinones)氏は、「多くの選択肢や機会を与えたい。売春だけが生きる道とならないようにしたい」と述べた。

 最低限の設備から始まった同校だが、国の支援により改善されてきている。現在、ブエノスアイレス市政府からの助成を待っている状態だが、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)といった性的マイノリティーのための国の補助金で運営がなされているという。

 アルゼンチンは2010年、中南米で初めて同性婚を合法化した。その2年後には、トランスジェンダーの人々が公的文書で自らの性を選択記入できるようになった。

 マルカドさんは、売春行為以外で生活する術を見つけた。料理のクラスで学んだというリンゴのお菓子をチャカリタの市街地で販売している。「うまくいっているわ」と、マルカドさんは嬉しそうに話す。

 アルゼンチンの平均寿命は75歳だが、トランスジェンダーの平均寿命は35歳だ。薬物乱用や暴力、性感染症がその背景にある。

 もちろん例外もある。モチャ・セリスで学ぶロサ・ブリトさんは77歳だ。高校を卒業する姿を2人の息子と6人の孫に見せるのが夢だという。

 彼女は、過剰なメークや露出の多すぎる服装で学校に来る生徒に厳しい視線を送る。「女らしくあるということは、ほのめかすこと。見せびらかすことではない」とブリトさんは話す。

 マルカドさんは、差別を受けない「一般の仕事」に就くために勉学に励んでいる。だがその道のりは容易ではない。アルゼンチンでは、トランスベスタイトやトランスジェンダーの約85%が学校を中退し、約70%が売春行為に携わっている。嘲笑やいじめの対象にされ、暴力も振るわれるという。そんな状況を変えていくには何年もかかるだろう。

 それでもキノネス氏は言う。モチャ・セリスの存在が、こうした性的マイノリティーの権利のための長年の闘いの証しであり、勝利であると。(c)AFP/Liliana SAMUEL