【11月27日 AFP】細菌が存在しない病室、ドアノブ、台所の調理台などを想像してほしい──しかも細菌を殺すのに熱湯やマイクロ波の放射、殺菌剤の1滴も必要ないとしたら――。オーストラリアの科学者らによる驚くべき発見をもたらした背景には、このような発想があった。

 豪スウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)のエレーナ・イワノワ(Elena Ivanova)氏率いる研究チームは26日、昆虫のトンボからヒントを得て、細菌を物理的に殺すナノテクノロジー表面構造の発見に至ったとの研究論文を英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)に発表した。

 殺菌効果を持つのは、1990年代に偶然発見された「ブラックシリコン」で、現在は太陽電池パネル用の半導体として有望視されている物質だ。

 ブラックシリコンの表面を電子顕微鏡で見ると、高さ500ナノメートル(1ナノメートルは、10億分の1メートルに相当)の先が鋭くとがった突起が林立する構造になっている。この構造に細菌が触れると、細菌の細胞膜が破れることを研究チームは発見した。撥水性を持つ表面はどれも、このような殺菌剤としての物理的性質を持つことが明らかになったのは、今回が初めてだ。

 研究チームは2012年、人間にも感染し、抗生物質への耐性を持つようになる「日和見菌」の1種の緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)に対して、セミの羽が強力な殺菌作用を及ぼすことを発見して驚嘆した。詳細な調査の結果、答えは羽の生化学的な性質ではなく、羽の表面に等間隔に並ぶ「ナノピラー(極微細突起)」にあることが分かった。細菌は、この表面に付着すると粉々に切り裂かれてしまう。

 研究チームはこの発見をさらに追究するために、ベニヒメトンボ(学名:Diplacodes bipunctata)と呼ばれる、豪州に生息する赤い体色のトンボの透明な前羽の表面を覆うナノ構造を調べた。ベニヒメトンボの羽には、ブラックシリコンよりも少し小さな、高さ240ナノメートルの突起構造がある。

 このトンボの羽とブラックシリコンの性能を実験室で検査したところ、両方とも極めて強力な殺菌能力を持っていた。指触りが滑らかなこれらの表面は、グラム陰性菌(Gram-negative)とグラム陽性菌(Gram-positive)と呼ばれる2種類の細菌と、特定の時期の休眠細菌の表面を覆う保護膜の芽胞(がほう)を破壊した。

 今回の実験対象となった細菌は、緑膿菌、悪名高い黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、広範囲に生息する土壌細菌で炭疽菌の仲間の枯草菌(Bacillus subtilis)の極めて丈夫な芽胞の3種だ。

 細菌を付着させてから3時間経過後の表面1平方センチ当たりの殺傷率は、1分当たり細菌細胞45万個ほどだった。これは、黄色ブドウ球菌を人間に感染させるのに必要な最小量の810倍で、緑膿菌では7万7400倍に相当する。

 ブラックシリコンの製造コストがネックになるのであれば、ナノスケールの細菌殺傷能力を持つ表面を作るための選択肢は他にも多数あると研究チームは指摘しており、「同様の有効性を示す抗菌性の合成ナノ物質は、幅広い分野で容易に製造できる」と記している。(c)AFP