【10月25日 AFP】砂漠に生息する野ネズミの1種であるミナミバッタマウス(学名:Onychomys torridus)は、その進化の過程で、サソリを捕食するために毒針の痛みを感じないようにする能力を身に付けたとの研究論文が24日の米科学誌サイエンス(Science)に発表された。

 この生き残るための珍しい手段では、米国南部とメキシコに生息するサソリ、アリゾナ・バーク・スコーピオン(Arizona bark scorpion)が持つ毒そのものを使って、毒針の猛烈な痛みをまひさせる。

 米テキサス大学(University of Texas)などの研究チームは、研究結果は、依存症を引き起こさない鎮痛薬を探求している製薬会社に魅力的な研究対象を提供するかもしれないとしている。

 研究を率いたテキサス大学のアシュリー・ロウ(Ashlee Rowe)氏によると、アリゾナ・バーク・スコーピオンの毒は強烈で、刺されると命を落とす恐れもあるという。「大半の人は、火のついたたばこを押しつけられ、そこを釘で貫かれるような感覚と表現する。焼き印を押されるようだと言う人もいる」

 サソリに刺されたミナミバッタマウスは、刺された箇所の毛繕いを「ごく短時間行う。たったそれだけだ」とロウ氏は言う。また人間が刺された場合、おそらく数分から数時間は痛みが消えないだろうと指摘した。

 一般的な実験用のネズミは、後ろ足にサソリの毒を注射すると「足をなめる回数が大幅に増える」ことを研究チームは実験で観察した。生理食塩水を注射した場合は足をなめる回数が毒の時よりも少なかった。

 だがミナミバッタマウスの行動は、まったく逆だった。後ろ足をなめる回数は、毒をたっぷりと注入された時よりも、生理食塩水を注射された後のほうが多かった。

 ミナミバッタマウスは、サソリの毒よりも食塩水の方を明らかに嫌がっていた。

■サソリの毒とNaV1.8

 哺乳類における「痛み」は、通常、生き残るために必要とされている。サソリは、その捕食動物を撃退するために相手に痛みを負わせ、一方の動物は生き残るために痛みから学習する。

 哺乳類では、急激な痛みは、ナトリウムチャネルの「NaV1.7」と「NaV1.8」として知られる痛覚の受容体によって脳と神経系に送られる。

 ネズミに関する実験を重ねた結果、家ネズミではNaV1.7が活性化されるが、ミナミバッタマウスでは活性化されないことが分かった。ミナミバッタマウスがほとんど痛みを感じない理由は、これによって部分的に説明される。

 さらに、ミナミバッタマウスのNaV1.8は、サソリの毒によって特異な挙動を示した。サソリの毒がアミノ酸と結合して、近くにある痛覚受容体を鎮静化させた。

 ミナミバッタマウスはサソリの毒の影響で、少なくともしばらくの間は、その他の原因による痛みの感覚も一時的に失う。

 今回の研究結果は、痛みを緩和する新たな方法を模索している製薬会社に有益なヒントを与えることになるかもしれない。

 ドイツのマックス・デルブルック分子医学センター(Max-Delbruck Center for Molecular Medicine)のギャリー・ルーウィン(Gary Lewin)氏は、本論文に付随して掲載された論説で「数百万年にわたる進化によって、げっ歯類のある生物種は自らに合った無痛覚の戦略を獲得した」と記している。

「薬剤の設計者らはこの数百万年に及ぶ自然淘汰(とうた)を利用して、ナトリウムチャネルなどの重要な薬剤標的に取り組む新たな方法を見つけることが可能になるかもしれない」

(c)AFP/Kerry SHERIDAN