【10月8日 AFP】メキシコの首都メキシコ市(Mexico City)にある矯正施設の無機質な部屋の中に「今、あなたの罪は関係ない。リラックスしなさい」と声が響く──。かつて麻薬の売人だったフレディ・アラン・ディアス・アリスタ(Fredy Alan Diaz Arista)さん(38)は、ここでヨガを教えている。生徒である16人の少年たちは、講師の声に従って、片方の手を床に付け、もう片方を天井へ向けながら、体を横へ伸ばしている。

 全員ネービーブルーのスエットパンツに白いノースリーブのシャツという姿の少年たちは、ディアスさんが皆を鼓舞するような言葉を挟みながら出す指示に従って、一斉に体を動かしながら、深呼吸をし、下を向いた犬、もしくは机やハトのようなポーズを取る。

 青と緑のマットの上で行き来するディアスさんの声が、鉄格子で覆われた窓が付いた部屋の中に響きわたる。「手を空に向けて」「自由に向かって飛び立つ鳥が翼を広げるように、胸を大きく開いて」──少年たちは殺人や強盗の罪を問われてここにいる。

 麻薬絡みの暴力事件が多発するメキシコでは、若者たちも容赦なく事件に巻き込まれており、国を挙げてこの悪弊(あくへい)を取り除こうと苦闘している。有刺鉄線付きの高い塀に囲まれた、「若者のための総合診断コミュニティー(Comunidad de Diagnostico Integral para AdolescentesCDIA)」という名のこの施設では、犯罪を犯した若者の更生を目的としたさまざまなプログラムが用意されている。

 黒い制服姿の看守たちが武器を持たずに監視する中、収容されている219人は大工仕事や音楽、さらにはカフェテリアでトルティーヤ(薄焼きパン)の作り方などを学ぶことができる。こうした活動の一環として、気持ちを落ち着かせるヨガの力を利用しようと、ヨガ教室が開かれている。

 ディアスさんが教えるヨガに、強姦で訴えられた16歳の少年、女性を殺した罪を問われた14歳の少年、殺人・誘拐・恐喝の罪で少年法下の最高刑、禁錮5年を言い渡された19歳の青年のような10代の若者たちは興味を抱いた。

 17歳のときに「簡単にお金を稼ごうと」手伝って誘拐した男性が後で殺されてしまったエリック少年は「服役期間がまだたくさんあると思うと、イライラして起きてしまう日があったけれど、ここでヨガをやるとストレスが消えてリラックスできるんだ」という。

 インストラクターのディアスさん自身も2002年、太平洋岸のゲレロ(Guerrero)州からメキシコ市まで18キロのコカインが入ったバッグを運んでいたところ、銃と麻薬の不法所持で捕まり、7年近く刑務所に入っていた。その間に、受刑者たちにヨガを教えるパリナーマ財団(Parinaama Foundation)に出会い、ヨガを学び始めたという。

 一見するとロックミュージシャンのようなボサボサの黒髪に、黒いバンダナを首に巻いたディアスさんは「刑務所の中で、ヨガは私にとって窓のようなものだった。さらに訓練すればするほど、ヨガは扉となっていった」と語る。「自分には借りがあるという思いがある。だから、こうした施設へやって来て、ヨガを分かち合いたいんだ。私には満足できるものも、誇りに思えることもほとんどないが、わずかに持っているものが今やっているこの仕事で、このおかげで少しは自分を肯定できるんだ」

 CDIAのシンシア・ロサス・ロドリゲス(Cynthia Rosas Rodriguez)所長は、施設内でのプログラムにマッサージクラスを開設することを検討している。少年たちが出所した後、仕事の選択の幅を広げるためだ。だが、プログラムはあくまで教育に重点を置いていると所長は強調する。プログラムによって変化しない少年がわずかにいることは認めながらも「数多くの暴力を経験してきた少年たちが、自分の感情を放出させる良い方法となるさまざまな活動を私たちは提供している」という。

 授業開始から1時間ほど経ち、ディアスさんのクラスも終わりに近づくと、16人の少年たちは目を閉じながら床の上に横になった。ディアスさんは「自分の問題や、自分が受ける罰のことは忘れて」と声を掛ける。

 無実なのに女性を殺した罪を着せられたと主張するペドロ少年は「初めて挑戦したときから、ヨガが大好きになったんだ。ストレスで潰れそうなときも、ヨガをやればリラックスできる」といい「もし将来、勉強する機会がなかったら、代わりにヨガを教えたい」と語った。(c)AFP/Laurent Thomet