【9月24日 AFP】東京を縦横無尽に走る地下鉄ネットワークを前にしたら、慣れていない人は困惑して怖気づいてしまうかもしれない。

 味気ない効率最優先の駅には、絶え間なくアナウンスが流れている。だがプラットホームにあふれ出てくる乗客も、車両にこれでもかと押し込まれる乗客も、そのアナウンスをまったく意に介していないようだ。1日に何千万人もが電車を利用する大都市。美しい光景ではないかもしれないが、ラッシュアワー時には乗客を押し込んででも乗せないと、東京の地下鉄が誇る時刻表どおりの発着ができず、この街は回らなくなる。

■世界の都市にはまねできない「時間厳守」文化の賜物

 路線は13本、総延長195キロに300駅近くが散らばる。ピーク時は2、3分ごとに電車がホームに入ってくる忙しさだ。

 地下鉄の職員らは、東京のビジネス文化と時間厳守という世間的な価値観が、運行時間の正確さをもたらしたと口をそろえる。それは海外の地下鉄が容易にはまねできない正確さだ。「地下鉄は都心の生活の一部。安全で時間通り走っているのが当たり前で、お客様もそれを前提としている」と、東京メトロ広報課の桑村正吾氏は言う。

 人口3500万人が暮らす東京首都圏では、地上を走る電車と連動し、東京メトロ(Tokyo Metro)と都営地下鉄(Toei Subway)の地下鉄2社が運行している。1日の地下鉄の乗客は合わせて約1000万人、電車網全体では約2600万人。世界最大の都市圏電車網だ。

 各社、各路線は相互に連携しているため、時間の正確さが何よりも重要になってくる。1つの路線のちょっとした遅れは他の路線のダイヤを乱し、それが連鎖的に波及してしまう。たとえ1分でも遅延が生じたときには、乗客に対する謝罪のアナウンスが繰り返し車内に流れる。鉄道会社では、乗客が会社へ遅刻理由として提出できるように遅延証明書を発行。ダイヤがかなり乱れた場合は、ニュースで取り上げられるほどだ。

■「運転士」は少年の憧れの職業

 遅れた場合は技術で遅れを取り戻すようにしないといけない、と萩田旬作(27)運転士はいう。萩田運転士によれば、最近ではヒューマンエラーのリスクを最小限に抑えるために、コンピューターで運行され中央制御室でモニタリングされるようになっている。運転士は基本的に操縦室に座って目の前のコンピューターをモニターしたり緊急時に対応する。地震警報が発せられたときは、すべての電車が自動停止するという。

 地下鉄のある路線に遅れが生じると、関係する他の電車もスピードを少し落として乗り継ぎに支障をきたさないようにする。そうすれば、乗り継ぎ待ちの客がホームにあふれたり、遅れていた電車がようやく入って来たときに殺到することもない。

 地下鉄の運転士や駅ホームの係員は、安全のために確認を怠らない。操縦室では白い手袋をはめた運転士が、安全確認をするたびに目視だけでなく口に出して復唱する。ホームでは職員が、ドアが安全に閉まっているかどうか指差し確認をしてから運転士に「発車オーライ」の合図を送る。

 電車の運転士は、日本の男の子が将来なりたい職業の中でサッカー選手や医者、警察官と並んで人気が高い。「子供のときから見ているので、特に違和感はなかった。いつか結婚して家族ができたら、乗せて走りたい」と萩田運転士は言う。

■五輪招致でもアピールポイントに

 東京の電車網の素晴らしさは、先日の2020年夏季五輪招致においてもアピールポイントだった。プレゼンテーションでは「東京の電車網は世界随一であり、今後も発展し続ける」と紹介された。

 時間厳守の文化は輸出しにくいかもしれないが、東京メトロでは交通システムを改善したいと考えている外国の鉄道会社に、自社のノウハウを伝授している。最近では中国から代表団が訪れ、電車の騒音を最小化するためのメンテナンス技術を学んでいった。エジプトからは修理部品の効率的な保管方法について問い合わせがあった。またエネルギー効率で世界有数の地下鉄を使っている東京メトロは、ベトナム・ハノイ(Hanoi)の新しい地下鉄網の整備も支援している。

 だが、こうした効率性や時間の正確さをもってしても、東京の地下鉄の混雑は解消されることがない。東京メトロは通常、10車両で運行しており、1車両は定員約150人に設計されている。ラッシュアワー時には、300人近くが押し込まれる。

 酔った客の大半は寝ており、暴力的な犯罪が起きることはまれだが、満員電車内での痴漢行為に対する女性の訴えは少なくない。このため地下鉄など多くの通勤電車は対策として、朝のラッシュ時に女性専用車両を設けている。メトロ広報課の桑村氏は言う。「私たちは常に改善を心がけています」(c)AFP/Hiroshi HIYAMA