【9月5日 AFP】フランスのフランソワ・オランド(Francois Hollande)大統領とドイツのヨアヒム・ガウク(Joachim Gauck)大統領は4日、第2次世界大戦中の1944年6月10日にナチスの軍隊によって15歳未満の子供205人を含む642人が虐殺されて廃虚と化したフランス中西部の村、オラドゥール・シュル・グラヌ(Oradour-sur-Glane)を訪問した。ドイツの大統領が同地を訪れたのは初めて。

 両大統領は女性と子供たちが閉じ込められ、毒ガスで殺害された後、遺体もろとも焼かれた教会の廃虚に入った。母親と女きょうだいを殺されたロベール・エブラス(Robert Hebras)さん(88)も同行した。3人は手を取り合いしばらくの間何も話さずにその場に立ち止まった。

 ドイツ軍によって身分証明の点検との口実で広場に集められた女性と子どもたちは教会に閉じ込められ、男たちは機関銃の待ち受ける納屋に連行された。 当時19歳だったエブラスさんは機関銃で殺害された人たちの死体の下にうずまって生き延びた。エブラスさんはこの惨事を生き延びた3人のうちの1人。仏独両大統領は村民が集められた広場を訪れた。

■「ドイツと和解しなければならない」と生存者

 オランド大統領は、「われわれがここにいる意味は象徴的なものにとどまらない…過去そして現在において人の命を奪うことによって軽視されている原則をいつでも、どこででも尊重するという約束を確認するためにここにいるのだ」とシリアのバッシャール・アサド(Bashar al-Assad)大統領を念頭に置いたかのような発言をした。

 ガウク大統領は第2次大戦後にドイツと和解する姿勢を示したフランスに謝意を表するとともに、「われわれはオラドゥールも、残虐な出来事の舞台となったそのほかの場所も決して忘れない」と述べた。

「私は長い間、憎しみと復讐心に燃えていた」というエブラスさんは、ガウク独大統領の訪問はちょうどよい時で「いまより前だったら早すぎた」と語り、「私たちはドイツと和解しなければならない」と語った。

 第2次大戦後、後に仏大統領になったシャルル・ドゴール(Charles de Gaulle)将軍はこの村を再建せずにナチスの残行為を後世に伝えるため廃虚のまま残すことを決断し、近隣に新しい村が作られた。ジャック・シラク(Jacques Chirac)仏大統領在任中の1999年、この村で持ち主が生きたまま焼き殺されたときに止まった時計や熱で溶けた眼鏡などの遺品を集めた記念館が開館した。

 東ドイツの人権活動家だったガウク大統領は、2012 年にチェコ、今年3月にイタリアのナチス虐殺現場を訪問している。(c)AFP/Pierre GLACHANT, Damien STROKA