【9月6日 AFP】アフリカ・スーダンの山岳民族ヌバ(Nuba)の数千年に及ぶレスリングの歴史の中で、こんな出来事は一度もなかった──裸足に細身の青いタンクトップといういでたちで、砂で覆われた競技場に軽やかに日本の外交官が登場し、スーダンきっての強者に挑戦したのだ。

 在スーダン日本大使館の室達康宏(Yasuhiro Murotatsu)書記官(33)は今年4回、スーダン人レスラーに挑戦し、4回とも負けた。しかし「ムロ」はあきらめない。分裂した国がひとつになるためにレスリングという「貴重な文化」が役立つことを、レスリング外交で示せると考えている。

 スーダン・南コルドファン(South Kordofan)州のヌバ山地(Nuba Mountains)は、多言語、多宗教の「ヌバ」と呼ばれる民族の故郷だ。レスリングは、農耕を基本とするヌバの社会の中心にある。しかし2年以上にわたり、もっと近代的な形の戦いがこの地域を荒廃させた。南コルドファン州の非アラブ系住民が、スーダン西部ダルフール(Darfur)出身の反政府勢力と結託し、アラブ系主導のスーダン政府に反旗を翻したのだ。南コルドファン州と青ナイル(Blue Nile)州では100万人以上が避難を余儀なくされるなど被害を受けた。一方、今年に入り、ダルフールでは部族間衝突が悪化し、数百人が死亡している。

「スーダン・レスリングは、統一スーダンの象徴になり得る」と、1日1時間練習を行う室達氏はいう。「だから、私は戦っている。すべての民族がハジ・ユセフ(Haj Yousef)の競技場に来て、スーダン・レスリングを応援したら素晴らしい」と述べ、ハルツームでの4回目の挑戦に臨んだ。

 泥を固めたれんがの家が立ち並ぶハルツームの貧困地区ハジ・ユセフでは毎週金曜の夜、レスリングの試合が開催されている。中学時代にレスリングをしたことがある室達氏は今年2月から、この定例試合の中で特別に「親善試合」を戦っている。スーダン・レスリングは、アマチュア・レスリングのフリースタイルと似ているという。「スーダンに来る前にヌバ山地のレスリングについては読んでいて、興味を持った」──石油会社勤務を経て在スーダン日本大使館に勤務する室達氏はアラビア語で流ちょうに語った。

 戦闘によってレスリングも故郷ヌバの地で大きな打撃を受けた。しかし、今やヌバ社会を超える存在となり、正式に「スーダン・レスリング」と呼ばれるようになった。現地レスリング協会のタイブ・アフメド・アジョアン(Al-Tayeb Ahmed Ajoan)氏も室達氏同様、「このレスリングがスーダンを一つにできると私たちは確信している」と語る。

 ハジ・ユセフの競技場は1年前にハルツーム州政府が建てた。観客たちはコンクリートの壁のてっぺんにまで腰掛け、試合の合間には躍動感ある音楽に体を揺らす。水やスナックを売る少年や女性たちが観客の間を行き交う。

 北コルドファン州からよく通っているというムタシム・アフメドさんは「スーダンでの人種差別をなくす役目をこのレスリングは果たせると思う」と話す。ダルフールっ子のアブドゥラマン・タヒディーンさんは、この日の室達氏の対戦相手となる地元の若手ムディリヤ選手を応援していると語った。「スーダンを代表している」からだという。

 一方、ヌバ出身のハフィズ・スーレイマンさんは、タヒディーンさんのようにヌバ以外の民族の人々に広がっているレスリングがスーダン全体、特にヌバ山地に平和をもたらすきっかけになるという。スーレイマンさんは、ムロに勝ってほしいと述べた。「3回負けても、また戻って来る。親善の心を持っているしるしだ」と思うからだ。

 手を挙げ、中腰に構えて精神を集中させた2人の選手は、試合が始まると慎重に相手の動きを探り、ネコのように互いに手を繰り出した。そのペースがだんだん速くなり、ムディリヤ選手が室達氏の腰に手を回し引き倒そうとすると、室達氏が体をひねった。ムディリヤ選手が仰向けになった。「ムロ」は勝利したように、手を挙げた。しかし、まだだった。試合は続き3分後、ムディリヤ選手が再び「ムロ」を引き倒した。試合終了。ムディリヤ選手の勝利だった。

 女性ファンが「ライオンだわ、ライオンだわ」と歓声を上げる中、両選手は他の選手たちに持ち上げられ、称賛された。試合後、汗まみれのムディリヤ選手は「ムロの戦術は前回と全然違った。技も上達している」と語った。

 室達氏は「少なくとも1勝するまで、引き下がるわけにはいかない」と再挑戦を誓った。ハルツームで勝利すれば、スーダン・レスリング発祥の地、ヌバで試合ができるかもしれない。そうすれば「とても素晴らしい平和のメッセージになる」と考えている。(c)AFP/Ian Timberlake