【8月12日 AFP】62年前に科学者らにより採取されたあるアフリカ系米国人のがん細胞は、医学史上における画期的な研究の数々に貢献してきた──ただ、タバコ農家を営んでいた当の本人は、知ることも了承することもなかった。

 細胞が採取されたのは、5人の子どもがいたヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)さん。進行性乳がんのため、米メリーランド州ボルティモア(Baltimore)のジョンズ・ホプキンス病院(Johns Hopkins Hospital)で1951年に亡くなった。享年31歳だった。

 この細胞は、ラックスさんの名前と苗字の頭文字を取って「ヒーラ」と名付けられた。亡くなる直前に採取された回復力に非常に富んだ細胞は、遺族の知らないまま数十年にわたり、ポリオワクチンやクローン技術、体外受精や多くの医薬品を生み出したノーベル賞級の発見や巨大な医療産業で用いられた。人間のものとしては最も多く研究に使われた細胞株となり、ラックスさんは医学に対する偉大な貢献者となった。

 しかし当時の米規制当局は、検体として採取した細胞を培養する際、患者の許可を得ることを医師に義務付けていなかった。ラックスさんの死から62年が経過した今、研究の名の下に採取された遺伝学的データの倫理的使用をめぐる基礎作りに子孫たちは取り組んでいる。

 当局は7日、ラックスさんの細胞の遺伝データを引き続き、管理の下に行っていくことで遺族側と改めて合意したことを明らかにした。同時にラックスさん自身のゲノム配列も英科学誌ネイチャー(Nature)に発表された。公開した米ワシントン大学(University of Washington)は声明で「ヒーラ細胞は、前世紀最大の医学的な奇跡とみなされている。この細胞のおかげで、科学者らは生きた人体を用いない実験を行うことが可能になった」、また一部のがんワクチン、ヘルペスからインフルエンザ、白血病やパーキンソン病などの治療薬を含む「大きな医学的進歩をもたらした」と述べた。

「ヒーラ細胞」がラックスさんのものだったことは、1971年に科学誌で公表され、1997年にはテレビのドキュメンタリー番組が制作された。またここへ来て2010年に書籍が刊行され現在、映画化も進められている。

 そして今年3月、ドイツにある欧州分子生物学研究所(European Molecular Biology LaboratoryEMBL)のチームは、ラックスさんの細胞株の全ゲノム情報を発表した。その中には、ラックスさんの子孫の遺伝形質を暴露する可能性のあるデータも含まれていた。データにはアルコール依存症やアルツハイマー病、双極性障害などの遺伝的傾向を示唆するものとされ、生命保険への加盟や障害補償の申請却下などに用いられる可能性もあり、遺族の抗議を受けて数日以内に公開データは削除された。

 以降、ラックスさんの遺族と米国立衛生研究所(US National Institutes of HealthNIH)の間で話し合いが持たれ、7日の発表に至ることとなった。二者間の合意条件ではヒーラ細胞のゲノム情報を研究に使用する場合には、NIHへの申請を必要とする他、ラックス家の2人を含む委員会が定めた規定に同意することなどが定められた。

 ラックスさんの孫で一家の広報役を務めるジェリ・ラックス・ワイ(Jeri Lacks Whye)さんは電話会議の席で、新たに設けられた規制に歓迎の意を表明し、「今日のヒトのゲノム解読に関する発表は、今までとは根本から違う歴史的な出来事だ。これまでラックス家は蚊帳の外に置かれてきた…60年以上にわたって、私たち一家は自分たちが了承しないまま科学に引きずり込まれ、研究者たちは誰一人として私たちと話そうとも、ヒーラ細胞に関して話す機会を与えようともしなかった。今、私たち一家はヒーラ細胞が科学のために成し遂げてきたことを誇りに思っている」と述べた。(c)AFP/Mariette LE ROUX