【8月12日 AFP】第14回世界陸上モスクワ大会(14th IAAF World Championships in Athletics Moscow)で、2大会ぶりに男子100メートル決勝を制したウサイン・ボルト(Usain Bolt)が輝きを解き放ち、ドーピングで揺らぐ陸上競技を救った。

 ボルトのライバルであるタイソン・ゲイ(Tyson Gay、米国)やアサファ・パウエル(Asafa Powell、ジャマイカ)が禁止薬物問題の渦中にいる中、ボルトのニュースは人々の注目を一気に集め、ドーピング問題を忘れさせた。

 ボルトが陸上競技を危機から救ったのは今回が初めてではない。

 かつてスター選手だったマリオン・ジョーンズ(Marion Jones)と、その恋人で男子100メートルの元世界記録保持者ティム・モンゴメリー(Tim Montgomery)が薬物使用スキャンダルで世間を騒がせていた2008年に、ボルトは北京五輪で短距離三冠を達成し、一躍脚光を集めた。

 また2004年アテネ五輪の金メダリスト、ジャスティン・ガトリン(Justin Gatlin、米国)がドーピングで8年の出場停止処分(その後4年に短縮)となり、王者不在となった北京五輪の男子100メートルでボルトは世界記録を更新し、同種目の輝かしい栄光を守った。

 2010年に処分を終えたガトリンとボルトは、11日に行われた男子100メートルで直接対戦し、軍配はボルトに上がった。

 現在の陸上競技を取り巻く状況を踏まえると、すでにみそぎが終わっていたとしても、ドーピングの前科を持つガトリンが金メダルを手にするというシナリオは、大会関係者にとって理想的な展開とはいえず、ボルトの優勝は安堵(あんど)をもたらした。

 しかし、ドーピング検査で陽性反応を出す選手が後を絶たず、ドーピング撲滅の闘いが続く中、ボルトの話題の賞味期限が切れるのは時間の問題といえる。

■実力とスター性を兼ね備えた人気者、ボルト

 ボルトはドーピング検査で陽性反応が出た選手を批判するようなタイプではなく、それよりもトラックでの成績で注目を集めることを望んでいる。

 また、親しみやすいキャラクターの持ち主でもあるボルトは好感度が高く、競技だけでなく、観衆にエンターテインメントを提供することも大切だと理解している。

 エンターテインメント性だけを重視し、成績がパッとしない選手とは違い、ボルトはレース前から観客を盛り上げながらも、本番になると集中し、爆発的な走りで周囲を圧倒する能力を持っている。

 そしてボルトは11日に行われた男子100メートルの決勝でも、その期待を裏切らなかった。

 強い雨が降り、空に稲妻が走る中、ボルトは傘を差すパントマイムを披露し、チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin))のものまねをしながらレース開始を待った。

 観客の声援は熱を増し、レース直前にはスターターのピストル音がかき消されるほどに会場のデシベルレベルは上昇したが、ボルトが人さし指を唇にあてるしぐさを見せると、会場は静寂に包まれた。

 ボルトは自分には観客を楽しませる義務があると語っている。

「それが自分の仕事だ。たくさんの人が会場まで足を運び、僕が今日どんなことをするのかを見に来ている。観客はそれが楽しみなんだ」

「観衆はたくさんの力をくれる。だから自分の姿を見せて楽しませることは、自分が望んでいることでもある」

 ボルトのような陸上界の救世主が今後出現するかどうかは分からない。スポーツ関係者と観衆は、これからもボルトが楽しませてくれることを願うばかりだ。(c)AFP/Pirate Irwin