【8月4日 AFP】パキスタンのプライムタイムに放送されているテレビ番組の中で子どものいない夫婦に孤児の赤ちゃんが贈られたことで、カリスマ的人気を集めているイスラム教の伝道師が批判を浴びている。伝道師は視聴率狙いではなく、慈善行為だと主張している。

 この伝道師、アーミル・リアカット・フセイン(Aamir Liaqat Hussain)氏は、パキスタンの大物テレビスターの1人。フセイン氏の番組はイスラム教の断食月ラマダン(Ramadan)に1日12時間放送され、全国で数百万人の視聴者に見られている。著名人のインタビューやゲーム、恵まれない人々に対するスタジオでの食事の施しに加え、2週連続で子どものいない夫婦に女の赤ちゃんを贈る企画を実施した。

■養子縁組が法制化されていないパキスタン

 ただ、これに対して海外メディアや一般社会から批判が相次いだ。同氏はラマダン期間中の厳しい視聴率競争で、なりふり構わず視聴率を稼ごうとする意図はないと強く否定。トーク番組の現場でAFPに対し、「番組に出演した夫婦に景品として赤ちゃんを引き渡しているのではない。一体何の景品だというのか。(番組で)赤ちゃんを当てよう、などと言うのは馬鹿げている」と強調した。

 フセイン氏によると、番組に出演した2組の夫婦は子どもを育てる資質を事前に審査されていた。パキスタンでは養子縁組が法制化されていないため、同氏は捨てられた赤ちゃんのために良い引き取り先を探すのは正しいことだと主張。「養子を取りたいという人々のための社会環境を作り出したい」と述べた上で、「これは商業化や芸能とは違う、真のイスラムだ。俳優や女優がどこにいるというのか。私はここで俳優や女優など見ていないが」と付け加えた。

 地元の慈善団体チヒパ福祉協会(Chhipa Welfare Association)はAFPに対し、赤ちゃんを贈る前に行われた夫婦の審査に関与したことを明らかにした。番組に協力した理由は、望まれずに生まれた赤ちゃんを女性が捨てたり、子どもが生まれない妻に夫が離婚を言い渡したりすることを減らすためだったという。

 同協会のラムザン・チヒパ(Ramzan Chhipa)会長は、「(子どもを育てる)能力を唯一の基準として(番組に出演する)夫婦の養子縁組を認めている」と語り、「番組でクイズに正解すれば赤ちゃんがもらえる、という企画ではない。それは誤りだ」と説明した。

■赤ちゃんをもらって喜ぶ夫婦

 赤ちゃんを贈られた夫婦の1組は、結婚生活が15年余りに及ぶものの子宝に恵まれなかったため、チヒパ福祉協会に登録した。夫婦がAFPに語ったところによると、同協会による面接があり、その後番組から放送前日に電話で出演要請があったという。

 養子縁組で父親となったカラチ(Karachi)在住の警察官サイド・ズルフィカル・フセイン(Said Zulfiqar Hussain)氏は、「言葉にできないほど幸せ。ぼくらの人生にあいていた大きな隙間をこの子が埋めてくれた」と喜びを隠さない。母親になったソレヤ・ビルキーズ(Soreya Bilqees)さんも「この子はパキスタンの未来」だとして、もらい受けた女の赤ちゃんが成長して軍隊に入ることが夢だと語った。

■論争を呼んできたフセイン氏

 番組司会者のフセイン氏は、これまでにも論争を巻き起こしている。2008年には同氏の番組のゲストが、イスラム教の特定の宗派の信徒は殺されるべきだと発言。番組とのつながりを裏付ける証拠はないものの、放送後にその宗派の著名信徒2人が殺害された。

 また、ペルベズ・ムシャラフ(Pervez Musharraf)大統領が率いた軍事政権時代、フセイン氏は宗教問題省の高官だったが、神への冒とくに死刑を規定した法律をめぐる見解を問題視され辞任に追い込まれた。さらに同氏は、スペインの大学で取得したとしているイスラム研究の学位が本物であることも証明できなかった。医師として知られている同氏はパキスタンの医大を卒業したと主張している。

■パキスタンのテレビ事情

 パキスタンのテレビは1999~2008年のムシャラフ政権下で自由化され、国内ではメディアの倫理や、あいまいになりつつある娯楽と宗教の線引きについて議論が活発化している。昨年にはヒンディー教徒の男性が生放送でイスラム教徒に改宗し、宗教面の不寛容をあおったとして人権活動家などが番組を批判した。

 連邦ウルドゥ大学(Federal Urdu University)マスコミ学部のタウセーフ・アフメド・カーン(Tauseef Ahmed Khan)部長はAFPの取材に「残念なことだが、彼らは改革者を装ったエンターテイナーだった」と語り、赤ちゃんを贈ったことでテレビをめぐる議論は新たな段階に入ったと指摘した。「番組で赤ちゃんをプレゼントするということは、社会に悪いシグナルを送るので十分に配慮するべきだ。また、番組は賞品を出すことで貧困が減ると主張しているが、視聴率稼ぎと広告集めの競争の中で貧しい人々の自尊心を傷つけている」と付け加えた。

 ただフセイン氏は強気だ。「私は好感を持たれているから、視聴者は私の番組を見る。私たちはテレビを通じて、寛容になろうというメッセージを広めているんだ」

 関係者によると、数日中に3人目の赤ちゃんが贈られる予定だという。(c)AFP/Guillaume LAVALLÉE