【7月31日 AFP】インド、オールドデリー(Old Delhi)の暑い日差しの中、3児の母リラバティ・デビさんは、微動だにせず立つ。その腕の血管を、施術者と助手が探る。やがて、施術者はカミソリを手に、デビさんの肌に慎重に切り目を入れて「汚れた血」を流れ出させる。

 デビさんは、持病の関節痛が、「医師」モハメド・ギャス氏(82)による伝統治療の「瀉血(しゃけつ)」で治ると信じている。

 血が流れ出る手に助手が冷水をかけ、灰色のハーブ粉末をまぶす中、デビさんはAFPの取材に「科学と近代医学では治らなかった」と語った。イスラム教徒のギャス氏による治療だけが「深刻な関節痛を止められる唯一の方法だった」という。

 瀉血は数千年前から19世紀末まで続いたが、近代医学によってうち捨て去られ、取って代わられた。

 しかし、医療費が支払えなかったり、医師を信頼できなかったり、診療のために長期間待たなければならないようなインド国内の一部の貧困層や遠隔地の共同体では、瀉血のような手法が好まれている。

 インド最大のモスク、ジャーマ・マスジッド(Jama Masjid)の裏手にある青空診療所には、毎日約50人の患者が列を作る。ギャス氏は、まひから糖尿病、果ては子宮頸がんまで治療可能だと述べている。

■汚れた血が全ての疾患の根本

「治療の基本教義は、全ての疾患の根本が汚れた血にあるという考えだ。汚れた血を除去すれば、健康問題は解決される」と、ギャス氏は語る。ギャス氏は父親から治療方法を学び、この診療所で40年以上治療をしてきた。

「汚れた血の流れを追うことが最も必要な技術。切開は無作為ではない。全ての血管を調べる必要がある」とギャス氏は説明する。

 施術者は血管の閉塞やもつれ、塊やこぶを発見し、切開して除去し、血流を改善する。

 ギャス氏は患者から治療費をとらない。患者の多くが貧しいからだ。だが、患者は助手におよそ40ルピー(約60円)を支払うという。「私のもとを訪れる人々はほとんどお金を持っていない。そのような人々から何を取り立てるというのか」

 ギャス氏は、店舗経営をしている息子から生活の支援を受けている。別の息子は後継者として修行中だ。

「私たちの治療は他の伝統医療と同じ。人々の健康が大切だから、営利目的の医師にはならない」と、息子のモハマド・イクバル氏は語った。

 インドには世界レベルの医療施設があるが、国民の多くは治療費を支払うことができない。10年間の急速な経済成長により、政府の貧困層や遠隔地共同体への支出も増えたが、人口12億人のニーズをかなえるほどの公共医療制度はまだ存在しない。

 だが、瀉血治療を受ける人の全員が、安価な最後の手段として利用しているわけではない。治療の成功例などを聞き、治療効果に期待して受ける人もいる。

 4年前、交通事故で身体に障害を負ったジャヤント・クマルさん(42)は「前は立つことも、座ることもできなかった」と語る。「今では支えてもらわずに歩くことだってできる」(c)AFP/Rupam NAIR