【7月26日 AFP】イングランド・プレミアリーグのアーセナル(Arsenal)で指揮を執るアーセン・ベンゲル(Arsene Wenger)監督が、日本での短い滞在を終えてから約20年。その影響をいまだに受ける中、日本サッカー界は後進国から新興国のひとつに台頭している。

 生真面目なベンゲル監督は、1995年から翌96年まで18か月間率いた名古屋グランパス(Nagoya Grampus)で一緒に仕事をした人たちだけではなく、日本のサッカー界全体にも絶えることのない影響を残した。

  「パスは未来に出せ。横パスは現在。バックパスは過去」。グランパスでMFとしてプレーし、当時は通訳も兼ねていた中西哲生(Tetsuo Nakanishi)氏は、ベンゲル監督が当時好んでこの言葉を使っていたと明かした。 

  「前への推進力をうまく生かした能動的な攻撃だったので、見ていてすごく楽しかったと思うし、選手も楽しかった」

  ベンゲル監督は今週、アーセナルの指揮官として初めて名古屋に舞い戻った。赤く染まった4万3000人のサポーターは、ベンゲル監督を温かく出迎え、「おかえり、ベンゲル」と記された旗を振った。

 アーセナルが3-1でグランパスを下した一戦の前には、現在グランパスを率いているドラガン・ストイコヴィッチ(Dragan Stojkovic)氏ら当時の元所属選手が、ベンゲル監督をたたえる記念試合を行った。

  「ベンゲル監督はみんなの名前を覚えてくれていた」と、元FWの小倉隆史(Takafumi Ogura)氏は物思いにふけった。

  「二人(ベンゲル監督とストイコヴィッチ氏)を見てなつかしい。17年。すごいですね」

 名古屋の興奮ぶりは当然のことで、Jリーグ草創期は下位に沈んでいたグランパスをベンゲル監督はトロフィーを勝ち取るチームに変えた。その後、ベンゲル監督はアーセナルに移り、3度のリーグ優勝と4度のFAカップ(FA Cup)制覇を果たしている。

   「96年シーズン途中で突然アーセナルへの移籍が決まったのは、日本のサッカーにとって大きな損失だったし、失望だった」と、サッカージャーナリストの大住良之(Yoshiyuki Osumi)氏は語る。

   「しかしその後イングランドで偉大な成功を収め、サッカー史に残る名監督のひとりとなったことは、名古屋のみならず、日本のサッカー界全体にとっての誇りだ」

■その影響は日本代表、後進指導者にも波及

 ベンゲル監督は日本で発売された著書『勝者のエスプリ』で、サッカーのマネジメント法をつづり、その遺産は名古屋以外にも拡大した。

 日本のサッカー界に影響を与えたのは「教授」ただ1人ではないが、それでも日本代表の魅力的なパッシングゲームは、アーセナル独特のスタイルに似ている。

 日本代表は2011年の第15回アジアカップで優勝を収め、2014年W杯ブラジル大会(2014 World Cup)では5大会連続出場も決めた。また、ロンドン五輪では「ティキ・タカ(Tiki Taka)」を得意とするスペインを破るなど、成功を収めている。

 一方、女子代表は2011年のW杯ドイツ大会決勝で米国をPK戦の末に破り、アジア勢として初めて王座に輝いた。

 1992年から93年にハンス・オフト(Hans Ooft)氏が率いた日本代表は、日本サッカー界にとって影響力が大きいものだったが、ベンゲル監督も1998年から2002年まで代表で指揮を執ったフィリップ・トルシエ(Philippe Troussier)氏の就任を手助けし、大きく貢献した。しかしながら、ベンゲル自身は日本代表監督への就任要請を断っている。

 また、ベンゲル監督はグランパスを指揮していた際に、才能に恵まれながらも気まぐれな性格だったストイコヴィッチ氏の良き助言者となった。グランパスは1995年に第75回天皇杯を制し、96年にはJリーグで2位に入った。

 その後、元ユーゴスラビア代表のストイコヴィッチ氏はグランパスの監督に就任し、2010年にはチームを初のリーグ優勝へと導いている。

  「グランパスにおけるベンゲルの最大の勝利のひとつは、ストイコビッチの天才をチームの勝利に結びつけることに成功したことだった」と、大住氏は振り返る。

  「仮にベンゲルが1998年から日本代表の監督になっていたら、Jリーグや日本サッカー協会(Japan Football AssociationJFA)のありかたもずいぶん違っていたのではないか」

■ベンゲル監督「日本はW杯決勝を目指せる」

 ベンゲル監督は日本の成長に驚いていると語っている。

 Jリーグはかつて海外の有名選手に依存していたが、現在ではマンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)に香川真司(Shinji Kagawa)、インテル(Inter Milan)に長友佑都(Yuto Nagatomo)、CSKAモスクワ(CSKA Moscow)に本田圭佑(Keisuke Honda)が所属している。

 また、セルティック(Celtic)で活躍した中村俊輔(Shunsuke Nakamura)など、選手を海外へ輩出する立場になった。

 世界ランキング37位の日本は、アジア最上位を堅持しており、W杯では2002年の日韓大会と2010年の南アフリカ大会で決勝トーナメントに進出している。

 現在は日本代表への期待が相当な高まりを見せている。そのため6月に行われたコンフェデレーションズカップ2013(Confederations Cup 2013)では、イタリアに3-4で惜敗した試合があったものの、3戦全敗で大会を終えたことについて激しい批判が起きている。

 しかし、ベンゲル氏はアーセナルの公式ウェブサイトで、欧州で活躍する中心選手と組織的な育成システムが優秀であることを挙げ、「日本サッカーは素晴らしく前進している」とコメントした。

  「今はW杯の優勝候補だとは思わないが、年代別代表は国際大会でも力を発揮している。つまり、W杯でも間もなく準決勝や決勝進出を果たすはずだ」 (c)AFP/Shigemi SATO