【7月8日 MODE PRESS】スペースコンポーザー・谷川じゅんじ(Junji Tanigawa)氏のあたまの中を、毎回違ったアプローチで紐解いていく連載企画第2回目の題材は、2012年の「石川直樹展 Halluci Mountain—幻の山—」から1年の時を経て、表参道GYREで二度目となる個展「Lhotse|Manaslu Naoki Ishikawa」展。石川直樹(Naoki Ishikawa)氏は、2001年当時の世界最年少で七大陸世界最高峰登頂を達成。以後、人類学や民族学の領域に関心をもち、行為の経験としての移動、旅などをテーマに、壮大な風景などを切り取る比類なき写真家として作品を発表し続けている。本展では、2012年9月30日に登頂した世界第八位の高さ(標高8163m)を誇るマナスル、翌年5月17日に登頂した世界第四位(標高8516m)のローツェで撮影された、写真の数々が展示されている。石川氏の作品と展覧会の空間構成を通して、谷川氏が感じ、考える“石川直樹”像を語ってもらった。

■語り手:谷川じゅんじ氏

—「エベレストの頂上を俯瞰してみたい」

 今回の展覧会は、ローツェに登る直前に石川くんと偶然話をしたことがきっかけで自然な流れによるものです。実は、ローツェに行きたいということは前回の展覧会の時に既に聞いていて、そのことが僕だけでなくスタッフの頭の中にずっと残像として残っていた。なぜなら「エベレストの頂に立った時、目の前にもう一つ頂があった。あそこに立てば、エベレストの頂上が撮れる」と語る、彼ならではの動機がとても印象的だったから。

 エベレストもローツェも、あのレベルの登山は業(ごう)のような世界だと僕は思う。100%帰れるために綿密な準備をするけれど、命をかけても、本当に行きて帰れる絶対の保証はないですからね。でも石川くんの場合は、それが遥か彼方に赴く「冒険」ではなく、彼の生活領域内での「旅」のように感じる。だからこそ彼の写真には、冒険家が撮った記録写真にはない「身体性」とある種のリアリティーがある。彼の場合は、撮るという行為のため、あるいはそこでしか生み出せないもののために登っているのだろうなと思うわけです。

— 石川直樹の写真と“生と死”の感覚

 確かに日常の生活に比べると圧倒的に厳しい環境だけれど、あそこにいる人たちの特別な感情とは、突き詰めれば“生と死”だと思う。“生と死”というのは、この世に生を受けたすべての人の、今日・この時・この瞬間に必ずあるものでしょ。なのに、我々が、この人間にとって最もプリミティブで本質的な事柄に対して鈍感になってしまうのは、日常の生活領域の中で慣らされて、守られて、忘れてしまっているからだと思うのです。一方で僕は、“生きる”ということの意味や価値を、彼と一緒に展覧会を作っていく中で覚醒させられ気づかされる。時に清々しい気持ちになり、一緒に登っているような気分にもなれる。それは下山して1ヶ月しか経たず、風化していない旬な記憶と感覚を、写真と展覧会全体を通じて感じ取れるからなのだと思います。

— Lhotse|Manaslu Naoki Ishikawa:そぎ落として形にする

 前回の展覧会では、空間の中に階段を設置したり、タルチョを飾ったりして、エベレストのベースキャンプをモチーフにした「山に登る」という行為自体を体感してもらえる空間構成にしました。あれから彼のことを以前よりも分かるようになってきた時、僕らが感じていたエベレストに登ったという「偉業」という感覚が彼の中にないのだと気づいた。日常の延長線上にあるから、そういうふうに見て欲しいという感覚がないのだと。

 だから今回は、装飾的にするのでなく、むしろ“そぎ落とす”ことで、彼が見てきた心象風景をこの空間の中に見出せないかと考えたのです。一番目の部屋がローツェ、つい立てを挟みマナスルの部屋がある。期せずして、余分なものが一切そぎ落とされた、本当にシンプルな展覧会タイトルの文字通りの構成になりました。彼の写真がそうであるように、そぎ落とすことで「生きる」ことを感じられる空間作りをしたいという想いがありました。

— GYRE表参道でみせるということ

 彼の作品は都会の真ん中でみせたいと思う。自然の中でみせるということもやってみたいけれど、多くの人に見てもらうという意味で東京の真ん中を選びたい。GYREがある表参道は、明治神宮の参道。その神社のまわりには東京屈指の代々木の森があり、大きな意味での命の循環や源というのが、僕らの日常のすぐそばにあるわけですよ。この場所の元々のルーツを思い出すために、山という一つのメタファーをテーマにしたある意味で極限の“生と死”という世界と、表参道という場所が持っているエネルギーとを辿っていった時に、それが事象として顕在化しているモチーフがここにはあるのだと思うのです。

 また、GYREが商業施設であるがゆえに、このクオリティーの写真を無償でみていただくことができる。“SHOP&THINK”というコンセプトを体現する文化的なアクティビティーとして協力できているし、来場者を含めた関わる人たち全てにメリットがある場作りを、今回のようなテーマだと形にできると思うのです。【山口達也】

<展覧会情報>
『Lhotse|Manaslu Naoki Ishikawa』
会期:2013年6月28日(金)~7月28日(日)11:00~20:00
   最終日7月28日(日)のみ 11:00~18:00
場所: GYRE 3F 「EYE OF GYRE」
住所:東京都渋谷区神宮前 5-10-1 
TEL: 03-3498-6990 
入場無料

(c)MODE PRESS

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GYRE 公式サイト