【6月19日 AFP】来月、世界中の報道陣のカメラは英王室に新しく加わる一員を追いかけるに違いない。しかし、その役を喜んで他の写真家たちに譲ると言うのは、英王室が面目を失った瞬間ばかりを自らのキャリアで撮り続けてきたレイ・ベリサリオ(Ray Bellisario)氏(77)だ。

「ロイヤル・ウェディングとか、今ならロイヤル・ベビーとか、そういったときには私はさっさと退散するんだ」とベテラン写真家はいう。「そういう事柄に関心を持ったことは全くない。私にとっては飯の種でしかなかったから」

 ロンドンで最初の「パパラッチ」(著名人の私生活を追いかける写真記者)と呼ばれることを嫌っているベリサリオ氏だが、60年代、70年代の英王室の行事には欠かさず現れ、エリザベス女王(Queen Elizabeth II)一家をいたたまれなくさせる写真をたびたび盗み撮っていた。王室は、ロンドン塔(Tower of London)送りにする一歩手前までならばあらゆる手を尽くして、ベリサリオ氏を遠ざけようとした。王室行事への出入りを拒み、報道監督機関に訴え、編集者たちに働き掛けて写真の使用を止めさせ、ベリサリオ氏を法廷にまで連れ出した。

 今日のセレブリティ雑誌をにぎわす著名人のプライベートショットの礎を築いた、英王室を被写体とした自分の仕事に、後悔はほとんどないとベリサリオ氏は言う。しかし生涯を貫く社会主義者を自認する同氏は、最近はキューバを頻繁に訪れ、ハバナ大学(University of Havana)でジャーナリズムを教え、また脊髄を損傷して27年前に車いすを使用するようになってからは、障害者の権利運動にも加わっている。

■英国内各紙の「ブラックリスト」に

 9月に行われる自分の作品フィルムのオークションを前に、ベリサリオ氏はピンク色のスーツにシャツとタイという華やかな出で立ちでロンドンでの取材に応じ、コーヒーを片手に自らのキャリアの一部をAFPに語ってくれた。

 スライドフィルム約2万点の中には、ウィンザー(Windsor)のサンニングヒルパークの湖畔に座るエリザベス女王のドレスを下から見上げたショットもある。横には水着姿の故マーガレット王女(Princess Margaret)も写っている。ベリサリオ氏が撮ろうとしていたのは、マーガレット王女のほうだった。しかし暗室でフィルムを現像すると、エリザベス女王の姿が浮かび上がり「感嘆した」と笑う。

 それ以前にもアン王女(Princess Anne)の写真で裁判沙汰になったことはあったが、マーガレット王女の写真を受けて王室は当時の監督機関に訴え、ベリサリオ氏は1964年、私的な場所で撮影を行ったことを厳しく糾弾された。

 その後、英国内の新聞各紙の「ブラックリスト」に加えられたベリサリオ氏だったが、あきらめなかった。外国の出版界からはいつも自分の仕事が求められていることが分かっていたからだ。英王室の対応は、闘牛のウシに赤い布を振るようなものだった。「(王室は)自分たちができることの中でも、最悪のことをしたわけだ」

■女王即位で始まった新時代とキャリア

 ベリサリオ氏は英王室への嫌悪を隠さない。エリザベス女王のことは、ののしり言葉で呼び、「連中(英王室)の存在自体がわたしを苛立たせる」と言ってはばからない。しかし、エリザベス女王が即位した1952年はベリサリオ氏が仕事を始めた時期と重なっていた。新しい君主の時代が、自分のキャリアを築く機会になると思った。

 スタート当時の仕事の一つにロンドン、コベント・ガーデン(Covent Garden)にあるロイヤル・オペラ・ハウス(Royal Opera House)での撮影があった。女王の母を劇場の反対側から撮影しようとしてボックス席を借り受けたが、そこで問題が生じた。この日は発売されたばかりのカラーフィルムを使っていたが、当時そのフィルムで写すためには被写体を15秒以上、止める必要があった。

「どうしたか分かるかな?」と言いながら、その場面を思い出しながらにやっと笑ったベリサリオ氏は続けた。「神よ、女王陛下を守り給え──」。英国国歌を歌い出すと、劇場内にいた人々は全員、起立しなければならなかったのだ。

 エリザベス女王と叔父のエドワード8世(Edward VIII)が写った粒子の粗い1枚も、世間をあっと言わせた。エドワード8世は、離婚歴を持つ米女性との結婚のために王位を捨て、王室の面目をつぶしていた。

 王室周辺は退位後のエドワード8世と女王の接触を一切否定していたが、エドワード8世がロンドンの病院で治療を受けるために滞在中、毎日バッキンガム宮殿(Buckingham Palace)を訪れていることが発覚したのだった。「女王は必ず犬の散歩に出かけるはずだった──」。ベリサリオ氏は王宮から出てきたエリザベス女王と会うエドワード8世を、ヒルトンホテルの19階から撮影した。

 王室一家との関係は悪化する一方で、特に女王の夫、フィリップ殿下(Prince Philip)との仲は最悪といわれ、フィリップ殿下は宮殿内に飾られているよろいの中にベリサリオ氏が隠れていないかどうか確かめているという噂が、英新聞界にまことしやかに流れるほどだった。

 しかし、じきにベリサリオ氏は王室との戦いにうんざりして国外へ飛び出した。北アイルランドや西サハラ、ナイジェリア内戦に話が及ぶと、先ほどまでの勢いはしばし息を潜め、ベリサリオ氏の瞳には涙が浮かんだ。ナイジェリアのポートハーコート(Port Harcourt)の空港に、途切れることなく到着する飢餓状態の子供たちの波を思い出していた。

 すべてを振り返り、1つだけ後悔があるという。それは「王族を撮影することでキャリアの15、6年を無駄にしてしまった」ことだという。

 ベリサリオ氏の作品のオークションは9月28日に、ロンドンのオメガ・オークション(Omega Auctions)で行われる。収益は同氏の法的助言慈善団体「Reach for Rights」に寄付される。(c)AFP/Alice RITCHIE