【5月23日 AFP】今月末、日本語だけで上演する芝居の公演を終えて仏パリの観客の前を去るとき、アマチュア俳優の重本恵津子(Etsuko Shigemoto)さんはきっと、自分が87歳であることを忘れているだろう。

「耳は遠くなるし目はかすんで見えなくなるし、どこも故障だらけ。でも、精神的には若いときとちっとも変わっていない」と話す重本さんは、世界的に知られる演出家・蜷川幸雄(Yukio Ninagawa)氏が率いる平均年齢74歳の演劇集団「さいたまゴールド・シアター(Saitama Gold Theatre)」のメンバーの1人だ。

 先ごろ埼玉で行われたリハーサル中、AFPの取材に応じた重本さんは「私も晩年。でもこの劇団で自分の人生の最後を送れるというのは素晴らしいことだと思います。私は本当にお芝居が好きなんでしょうね。それができることが生きがいです」と語った。

■ベテラン演出家の「実験」

 その優れた演出力で世界有数の劇場の舞台を手掛けてきた蜷川氏が、「さいたまゴールド・シアター」を創設したのは7年前。入団オーディションの応募条件を年齢55歳以上とし、演技経験は問わなかった。

 高齢の俳優たちが、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット(Romeo and Juliet)』の主役など通常は起用されない役を演じるといった新スタイルの演劇を生み出す「実験」を始めたのだという。自ら77歳になる蜷川氏は「普通の演劇人にとっては、特殊なあり方の集団だ」 と話す。

 蜷川氏にとってこの劇団は、自分に世界的な評価をもたらした作品、つまり視覚的に鮮烈で人の目を引きつけ、若い俳優たちが主要な役を占める作品に対するアンチテーゼだ。だが、高齢の俳優たちは蜷川氏に、ある意味では驚きといえる新たな事実を証明してくれた。

 高齢の俳優たちは非常に幅広く、さまざまな感情を表現に取り入れることができる。時にはただ深いしわや頬のたるみが自然ともたらすものもある。「そういうものが現れ始める年齢はだいたい60歳以上。そんなもの若い人がやっても意味がない」 という。「この劇団にはワクワクさせられる。そういうものを抜きにすると、現状にとどまっちゃうんじゃないかなって感じがする」

■平均年齢74歳、初の海外公演へ

 日本で5作品の公演を成功させたさいたまゴールド・シアターは、初めての海外公演に乗り出した。それが今回のパリ公演だ。今後はアジア各国での公演も行っていきたいという。

 劇団は5月30日から6月1日まで、パリ日本文化会館(Maison de la culture du Japon a Paris)で「鴉(からす)よ、おれたちは弾丸(たま)をこめる(Ravens, we shall load bullets!)」を上演する。蜷川氏が1970年に初めて演出した前衛的な作品で、第二次世界大戦(World War II)後の社会的抑圧に対する、時に暴力的な様相も呈した日本の葛藤を描いた作品だ。

 フランス語の字幕は付くが、すべて日本語で演じられるこの作品は、パリの観客たちにとっては「難しい」だろうと蜷川氏は予想する。しかし「ヨーロッパ演劇のコピーをしたいというつもりもない。万人に受け入れられたいなんて思っていない」という。監督や演出のスタイルも、日本での上演と変えるつもりはない。

 パリの人々がただ「『アジアの極東から爺婆が集団でやってきて、なんだか芝居らしいようなものをやっているけど、刺激的で面白かったよ』と言われりゃいいなって」と話す。

■高齢化社会にも切り込む

 蜷川氏はまた「老人問題は日本が抱えている一番リアルな問題。そのことが芝居に取り込めて、日本の現在を批判できたらいいなと思う」 と語る。日本では人口1億2800万のうち、65歳以上がすでに全体の約4分の1を占めている。

 この劇団は社会的な主張を発すると同時に、参加者が刺激や充足感を得る源でもあり、それこそはまさに高齢化社会における大きな課題だ。
 
 演劇が人生への新たな情熱を与えてくれたという俳優の高橋清(Kiyoshi Takahashi)さん(85)は「芝居をすると元気になります。ボケる暇がない。気持ちはまだ20歳。良い役者になるのが夢だ」 と話す。

 今年1月に心臓の手術を受けた蜷川氏は、時には自分自身の年齢を忘れることもあるが、高齢の俳優たちと一緒にやることを、とても程よいと感じている。「年を取ると、台詞を忘れるだけでなく、出入りさえ忘れてしまう。でも芝居をやってると生き生きしちゃうんですよね。(いくつになっても)自分で成長していくんですね……この劇団が、もう少し続けてみようというエネルギーをくれる」(c)AFP/Shingo Ito