【4月26日 AFP】「癒しの手」を求めて集まった20人ほどの人たちの間を歩き回るデニス・ビプレー(Denis Vipret)さんは、1人ずつ患者の肩に触れ、右手を軽く揺らす。患者にエネルギーを送っているのだ。

 チェックのシャツにジーンズ姿でサンダル履き、大柄のビプレーさんは、スイス国内で急増している伝統療法の治療師たちの中でもスター的存在だ。ジュネーブ(Geneva)で開催された治療の会には、ビプレーさんの手の「魔法」を体験したいと待ちわびていたおよそ300人が遠方からも訪れた。

 治療の方法は「左手で体のどこが悪いかを見つけ、右手で癒やす」ことで、施術料は1回あたり50スイスフラン(約5300円)。ビプレーさんは、1分もかけずに患者を診察する。

 ビプレーさんは治療師としての訓練は受けておらず、その治療方法は公認されている伝統療法の分類のどれにも属さない。だが「ガン、腫瘍、エイズ、白血病、鉄欠乏症、全部分かる」のだという。さらに治療から30日間は、患者は思考の力だけで、健康に関するあらゆる問題を遠ざけることができるという。治療を受けた患者たちは、彼の手のパワーと熱さに驚きをあらわにする。

 世界でも最大規模の製薬会社のいくつかが本拠地を置くスイスだが、ビプレーさんのような伝統療法の治療師たちへのニーズが豊富な国でもあり、こうした治療法の人気はここ数年で大きく上昇している。

 専門家らによると、かつて「魔女」として遠ざけられた催眠術師、接骨師、磁気療法師、薬草医らが、オーガニック人気の波に乗って受け入れられ、今や多くの病院も患者にこうした治療師の紹介を始めた。

■人気には地域ごとのバラつきも

 2008以降に出版した伝統医療に関する2冊の著書がベストセラーになった民族学者のマガリ・ジェニー(Magali Jenny)さんはAFPの取材に対し「伝統療法がここまで広く受け入れられている国は、少なくとも欧州では他にない」と話す。

  ジュネーブを拠点に磁気療法を行っているフランス人女性、アニー・マリー・ジラルド(Annie Marie Girard)さん(55)もこの点に同意する。フランスでは治療に即効性がなければすぐに訴えられるので、スイスで開業したのだという。

 ジェニーさんによれば、スイスの全人口800万人のうち約4分の1が暮らすフランス語圏には、訓練を受けずに治療活動を行っている治療師が500人以上いる。ジュネーブ州では「スピリチュアル・ヒーリング」が医療として承認されている。

 専門家らによると、伝統療法がより広く実践されているのは、フランス語圏とイタリア語圏。ドイツ語圏では、資格を持つ医師にかかることを好む人が多い。

 また、内務省文化局によれば、 カトリック教徒が多い北部ジュラ(Jura)州や西部フリブール(Fribourg)州、南部バレー(Valais)州、北東部アッペンツェル(Appenzell)やスイス中部でも、伝統療法の治療師にかかる人が多い。

 ジェニーさんのもとには、あまりにも多くの人が治療を受けに来て追いつかないので、著書から自分の名前を削除してほしいという依頼が約70人の治療師たちから寄せられたという。

■進む西洋医学と伝統療法の統合

 スイス国内の多くの州では、伝統療法を「生きた伝統」として承認しており、国レベルでも地域レベルでも、医師会はこうした療法に懐疑的な見方をほとんど示していない。

 そのため多くの病院は、患者に伝統療法の治療師たちを紹介しているだけでなく、患者やその家族が希望する治療師を招くこともある。

 AFPの取材に応えたフリブールの病院の広報担当者は、「救急処置室ではよくある。特にやけどや出血性外傷の患者に多い」と話した。

 一方、伝統療法のこうした人気ぶりに乗じて、いかがわしい治療師も現れているとして、専門家らは注意を呼び掛けている。また保険会社は、何らかの検定制度が必要だと訴えている。

 メディアの注目が集まる以前から、すべての治療師が信用できるわけではなかった。例えば前月にはベルン(Bern)で自称「治療師」が、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染している血液を16人の患者に注射したとして禁錮約13年の刑を受けた。(c)AFP/Agnes PEDRERO