【2月20日 AFP】女性の歩き方、身のこなし方、手の握り方――歌舞伎俳優の坂東玉三郎(Tamasaburo Bando)さん(62)は、女性を子細に観察することに人生を捧げてきた。
 
 玉三郎さんはそれに長けていた。男性俳優が女性を演じる歌舞伎の「女形」を代表する存在として、日本政府から重要な文化遺産の継承者を指す「人間国宝」に認定されている。
 
 人間国宝になるということは、後の世代に日本の伝統文化を伝える責任と義務が生じることだと玉三郎さんは言う。「人間国宝というのは一般的な呼び方で、実は(正式名称は)『重要文化財保持者』なのです。自分が今まで積み重ねてきた修業を後世に伝えることが大切。国宝でもなんでもないのです」と笑う。

 歌舞伎は舞踊、戯曲、音楽が一体となって、17世紀から演じられてきた日本の伝統演劇の一形態だ。同時代の欧州の演劇とは異なり、女性の演じ手はいない。男性俳優たちが趣向を凝らした衣装をまとい、白塗りを施して豪華な舞台に立つ。

■「お客さんが本当に喜んでくれることが一番大事」

 自分の役割について玉三郎さんは「(伝統文化を)守ることが第一目的ではないような気がする」と言う。「私は人間的ないい時間、本当に人間がいい時間を過ごす場にいたい、という舞台人なのです。お客さんが本当に喜んでくれることが一番大事…そうでなければ伝統も守れない」

 かつて、自分の視点は常に男性のものであるため、女性の目を通して見る世界は決して分からないことに気付いたと語ったことがある。身振りや眼差し、扇子の使い方など一つ一つを積み重ね、女形としての神髄を究めようとしてきた。

 しかし、男性としての実生活と舞台上の女性の役柄の境界があいまいになったように見えても「私は男です。女になったことはありません」。女形というのは、(女性は)こうあってほしいという作者の憧れのようなもので、「限られた時間しか存在しない自分」であり、舞台上の自分は「夢」なのだと言う。そしてその舞台の上こそが最も幸福でいられると玉三郎さんは微笑む。

 歌舞伎の典型的な演目の上演時間は4時間にも及ぶ。しかし近代的なものに目がないここ東京にあって、歌舞伎は今も極めて大きな人気を保っている。銀座・歌舞伎座は大々的な改装を終え、今年4月新たに開場する予定だ。

 玉三郎さんは技術の進歩が歌舞伎に恩恵をもたらしてきたと考えている。また歌舞伎の本質を傷つけることなく新しい技術を受け入れる必要があると語る。「300年前の歌舞伎は今と全然違いました。明かりも、電気はなくてろうそくだったし、舞台(のセリ)も手動で動かしていました」

「自然な流れで変わって来ていることはあります…それはギリシャ悲劇でも、オペラでもバレエでも、昔のままでやれているだろうか、というと違いますね」

■四半世紀ぶりのパリ公演で起立喝采

 今月、四半世紀ぶりのパリ公演を行った玉三郎さん。初めの3日は単独で地唄舞を披露し、その後16日までは自らが演出した中国の古典舞台演劇「昆劇」(こんげき)の『牡丹亭(The Peony Pavilion)』を上演した。55幕もある原作を短縮版にした『牡丹亭』で玉三郎さんは主人公の杜麗娘(Du Liniang)を演じ、約60人の俳優、音楽家と共演。初日の公演後には起立喝采(スタンディング・オベーション)が起きた。

 高い評価を得たこのパリ公演後の19日、玉三郎さんはフランスの芸術文化勲章の最高位であるコマンドゥール(Commander)を授与された。

 パリに旅立つ前、玉三郎さんは海外での公演に緊張と興奮を感じていると述べながら、異国の趣と歌舞伎がもつ類まれな美学は、欧州の舞台へ場所を移しても通じるはずだと自信をのぞかせていた。そして鑑賞には歴史や文化的背景に関する知識が必要ではないかという問いに対し、「薔薇(ばら)戦争について何も知らなくても、シェークスピアは楽しめる」ことを引き合いに、歌舞伎が好きであれば十分、と答えていた。(c)AFP/Jacques Lhuillery and Kyoko Hasegawa