【2月16日 AFP】「こんがり焼いたローストやステーキが素晴らしいね!バーガーにしてもいい。けれど何と言っても、生肉をたたいてガーリック風味のビネグレットソースを添えるのが最高だ」

 リュック・フリードリッシュさんはフランスで減りつつある馬肉愛好家の1人。今、欧州の大半は馬肉が混入した偽装牛肉問題の渦中にあるが、それでも馬肉愛好家たちのひそかなグルメ生活が変わることはなさそうだ。

「(馬肉は)たまにしか食べない。1年に6回くらいかな」と、パリ(Paris)近郊のベッドタウン、クロワッシーシュルセーヌ(Croissy-sur-Seine)でワイン販売業を営むフリードリッシュさんは語る。

 だが、馬肉を食べる機会が少ない本当の理由は入手が困難なためだとフリードリッシュさんは話す。「ごく最近まではパリのどの地区にも馬肉処理業者がいたものだ。しかし、1980年代に起きた東欧からの輸入馬肉の問題で産業が壊滅してしまった。今は遠くまで出向かなければ良い馬肉業者は見つからない。それで食べる習慣も失われてしまった」

 それでも良い馬肉が手に入ったときは、「この上なく最高だよ」とフリードリッシュさんは言う。

 欧州随一の馬肉消費国とみなされることの多いフランスだが、業界の統計によれば同国で消費される食肉のうち、馬肉が占める割合はわずか0.4%。1年に1回以上馬肉を食べるという家庭も5世帯に1世帯足らずだ。

 フリードリッシュさんがワインショップを構える同じ通りに、馬肉取引業者のロナン・マラシェさんがいる。堅実に商売を続けるマラシェさんの顧客は中高年層が中心だ。客たちは購入した馬肉を自宅でグリルにしたり、ぶつ切りにして数時間煮込み馬肉シチューにしたりする。

 しかし、パセリを添えて店頭に飾られた馬の頭部や、胃袋のソーセージには多くの買い手はつかない。イタリアの熟成パルマハムを思わせる馬肉の薄切りスモークハムでさえもだ。馬肉製品が並んだマラシェさん店の前を、英国人観光客たちが、おぞましいものを目にしたと言わんばかりに、かすかに身を震わせて通り過ぎていく。

■偽装牛肉問題で問われる生産履歴

 欧州では英国、フランス、スウェーデンなどで牛肉入りと称して販売されていた冷凍食品に、ルーマニアの食肉処理場からの馬肉が混入していた事件に大きな波紋が広がっているが、マラシェさんの商売も多少の影響は免れられないという。

 マラシェさんのような生肉の取引業者の商売基盤は、事件の渦中にある冷凍加工食品工場の市場とは対局にある。しかし今回の事件によって浮き彫りにされたのは、生産段階から欧州全域で家庭の食卓に上るまでの食肉のトレーサビリティー(生産・流通履歴の追跡)の問題だった。

 大規模な計画性が疑われる今回の偽装牛肉事件については、マフィアのような犯罪組織の関与を指摘する声もある。だからといって「ウマの肉を食べる」という概念に対する文化的嫌悪の広がりと向き合わねばならない馬肉業界にとっては、何の得にもならない。

 このところ、マラシェさんは客から馬肉の産地を聞かれることが増えたという。「うちのは全てアイルランド産だ。そう言うと、みんな満足しているようだよ」

■必要なのは「顧客の信頼」

 マラシェさんの馬肉店のオーナーで、この裕福なパリ西部郊外で4軒の店舗を経営するダニエル・マズールさんは、3代続く馬肉取引業者で、馬肉業界の衰退の歴史は全て見知っている。それでも経営店の将来にマズールさんは自信たっぷりだ。ビジネスは今まさに拡大期にあり、離れていく客などいないとマズールさんは考えている。「私たちの顧客は、好んで馬肉を食している人たち。馬肉は美味で健康にもよいことを知っている。多くは親が食べていたから自分も(馬肉を)食べているという人たちで、その習慣は子どもたちに伝えられていく」

 マズールさんによれば、1990年代には死者まで出し、牛肉大量生産の深刻な問題点を浮き彫りにした牛海綿状脳症(狂牛病、BSE)で、馬肉の売上が20%前後増えている。その後、牛肉産業が問題の対処に成功したとみなされた後も、約5%の増加分は留保されているという。

 マズールさんの店が販売する馬肉の価格は、サーロインステーキ用でキロ当たり約21ユーロ(約2600円)、ヒレ肉が約40ユーロ(約4900円)と高級牛肉をわずかに上回る程度だ。商売存続のためには品質で顧客の信頼を勝ち取るしかないことは、マズールさんも自覚している。

「馬肉のトレーサビリティーは義務化されていない。けれど私は自分が売っている肉がどこで生産されたか、どの処理工場を経たか、その馬がオスだったかメスだったか、いつどこを流通してきたか、すべて言うことができる」とマズールさんは胸を張る。「私たちが馬肉を売る相手は、お金を節約しようなどとは考えていない。自分たちに喜びを与えてくれる高品質な商品を求めている。馬肉混入事件が起きたからといって、それは変わらないはずだ」(c)AFP/Angus MacKinnon