【12月25日 AFP】多くの母親たちと同じように、カワサキリツコさん(43)も2011年3月の東日本大震災と福島第1原子力発電所の事故後、日本に暮らし続けることによる健康や安全性のリスクに思い悩んでいた。そしてこの8月、外国人と外貨を招き入れたいマレーシア政府の長期滞在プログラムの下で、2人の息子を連れて同国ペナン(Penang)島へ移住した。「日本へ帰りたいとは思いません。ペナンでの生活はとても快適ですし」

 気候は温暖、政情は安定し、経済は近代化を果たしているマレーシアは、10年前に長期滞在ビザ制度「マレーシア・マイ・セカンド・ホーム・プログラム(Malaysia My Second HomeMM2H)」を開始して以来、1万9488人に上る外国人定住者を引き寄せてきた。2011年には2387人がMM2Hビザの申請を承認されたが、今年のマレーシア政府の目標は3000人だ。

 このマレーシアのMM2Hビザやタイ、フィリピンなどの同様の措置は元来、欧米諸国の退職者が定住し、経済に活性化をもたらすことを期待していた。しかし関係者らによると、今このプログラムの申請者で多いのは、東日本大震災後の日本人と、裕福さを増している中国人だという。

■移住者が受けられる数々の特典

 MM2Hビザの発行を受けると10年間、何度でも入国が可能で、海外から受け取る年金の税は免除され、事業を立ち上げる権利もあり、マレーシア製の自動車の購入には税がかからないなど、様々な優遇を受けられる。太陽の下での暮らしと引き換えに、申請者は一定額をマレーシアの銀行に預け入れなければならないが、MM2Hでのその額は5万ドル(約420万円)だ。

 英国人のフランシスさん夫妻の場合、夫のキースさんが英植民地時代から35年間勤めた香港警察を2004年に引退した後、英国へ戻るかどうか考えた際、決め手となったのはやはり「太陽」だった。海峡植民地の首都だったペナン島のジョージタウン(Georgetown)にあるインディアン・レストランで、夫婦揃って甘いミルクティーをすすりながら、妻のエイドリアンさんは「英国は、どんよりしていて寒いでしょう」と言う。

 MM2H制度の下で退職者は、一定の制限はありつつ不動産や土地の自由保有権もある。これもフランシスさん夫妻にとって、高い家賃の狭い家に押し込められる香港での引退生活という考えを捨て去る鍵となった。現在ペナンでは、海辺にある232平方メートルの広々としたマンションに住んでいる。2004年に18万2000ドル(約1500万円)で購入した。

■近年では中国、日本からの申請が増加

 しかし最近、いわゆる「高齢者市場」を押し上げているのはアジア人、特に中国人と日本人だと、シンガポールのコンサルティング会社エイジング・エイジア(Ageing Asia)のジャニス・チア(Janice Chia)取締役社長は述べる。チア氏は2050年までに世界の高齢者人口の63%をアジアが占めると予測している。この層は特に医療の進歩で寿命が延びることによって、経済における重要性を増していくだろう。「元来、MM2Hは欧米の退職者を招き入れてきたものだが、これからはアジアの退職者が、自分たちの退職金を長く持たせることのできる東南アジアへ大量に向かうだろう」とチア氏はみる。

 MM2H担当局長のシティ・ナニ・シャーラニ(MM2H)氏によれば、現在申請者が多いのは中国、日本、バングラデシュ、英国、イランだ。

 日本語しか話さないカワサキさんにとって、マレーシアへの移住は思い切った決断だったが、3歳と9歳の息子たちが今、学校で英語を学んでいることを快く思っている。しかし、カワサキさんが最もマレーシアに惹かれた理由は相対的な安全性だった。マレーシアは地震が少なく、東アジアを毎年襲う台風もまったくない。「(東日本大震災の)1か月後に宮城県を訪ねて被害をこの目で見たんです。破壊の大きさに本当にショックを受けました」と職業コンサルタントだったカワサキさんは言う。

 マレーシアへ定住しようとする人たちのMM2H申請補助を手掛ける会社「オーバーシーズ・リビング(Overseas Living)」のジェシー・オング(Jessie Ong)取締役は、やって来る日本人の多くが「去年の津波と原発事故で(日本に)居られなくなった」と語るという。いずれにせよ、2010年には195人だった日本人の申請は今年8月時点で558人。国籍別で一番多い。

 タニダシゲルさん(65)は年間を通じて太陽の光が降り注ぐ気候と、日本よりも安い生活費に惹かれてマレーシアの首都クアラルンプール(Kuala Lumpur)に06年から暮らしている。タニダさんはパナソニック(Panasonic)を退職した後、マレーシアに移住するまでにスペインやタイ、フィリピンも考慮に入れた。現在は空手を教え、大好きなゴルフを日本よりもずっと安く楽しんでいる。「生活費は日本の3分の2で、天気はとても良いです」と満足げだ。

 ドイツ人で同じくMM2Hビザを取得したベルント・フライターグさんは米国人の妻キミーさんと共に、ジョージタウンやクアラルンプールの交通渋滞や、マレーシアの場当たり的な開発に不満を漏らす。しかし70歳のフライターグさんは、ゆったりとしたペナンのフラットから青々としたアンダマン海(Andaman Sea)を眺めながら、ここを離れるつもりはないと語った。「もし私が死んだら、このペナンの海にただ灰をまいてほしいと、子どもたちには言ってあるんです」(c)AFP/M. Jegathesan