【9月26日 AFP】仏ランス大学(University of Reims)の物理科学者、ジェラール・リジェべレール(Gerard Liger-Belair)氏(41)が最も情熱を傾けているもの──それは「泡」だ。彼はいま、物理学の世界における快挙をシャンパンで成し遂げようとしている。

「シャンパンの要は泡だ」――大学の研究室でリジェベレール氏は、そう言い切った。人々の目を楽しませ口に含めば舌にはじける泡を、高貴なワインたるシャンパンに与えているものの正体は何なのか。

 シャンパンは厳格に規定された2段階のプロセスを経て作られる。第1段階では、まず仏北東部シャンパーニュ(Champagne)地方産のブドウだけを用いてワインを作る。

 次に微量の酵母と、酵母の発酵を促進させるためにショ糖を加えて瓶詰めにする。貯蔵庫では瓶を逆さに立てて保管し、毎日少しずつ回転させる。こうすることで発酵で生じる澱(おり)が逆さになった瓶の口にたまり、固まって栓のようになって、後で取り除くことができる。澱を除去した後、コルクとワイヤーで栓をし、さらに熟成させる。

■200万個の泡と「クレーター」

 グラスに注ぐと立ち上る200万個もの泡。ここからが楽しい物理学の始まりだ。「われわれは、シャンパンに特有な発見をした。これまでには観察されたことのないものだ」とリジェべレール氏は言う。

 シャンパンの視覚的な決め手は、グラスの中で泡がどのように形作られ、立ち上るかだ。グラスを口に近づけると、表面ではじけたシャンパンの泡がぱちぱちと顔にあたり、控えめながら官能的な香りが分子から放たれる。口に含むと今度は泡がそのシャンパンの趣を形作る。泡は多すぎても不快だし、少なすぎても楽しくない。

 リジェべレール氏は、5000分の1秒で撮影した表面に立ち上る泡の連続写真を見せながら、「泡が割れるときに、表面には微小のクレーターができる。クレーターが閉じようとするとき、シャンパンが線状になってはじき出される。それが微小の飛沫となり、最大で10センチの遠くまで飛び出す」と説明してくれた。

 この飛沫の化学構造をドイツ製の超高解像の質量分析計で分析したところ、シャンパンの泡は張力活性分子で満たされ、それらの数百の分子から香りが放たれていることを、リジェべレール氏のチームは発見。さらに、泡がグラスの中の決まった地点から立ち上る理由もつかんだ。キッチンタオルの微細な繊維や浮遊微粒子がグラスの内側に残っていると、これらがシャンパンの中に溶け出していた二酸化炭素と合体して泡を生じているのだという。

 シャンパン愛好家や業界にとって、この発見は非常に重要だ。もしも家庭で食洗器から取り出したグラスを逆さにして乾かしピカピカに磨いてしまったら、シャンパンを注いでも泡はほとんど立たなくなる。このため、シャンパングラスの製造メーカーは現在、レーザーを使ってグラスの底に泡を生みだすための微細な凹凸(おうとつ)処理を施している。

■シャンパングラスは「フルート」か「クープ」か

 リジェべレール氏たちのチームの一番の成果といえば、数年間にわたって続けられてきた「グラス論争」に決着をつけたことだろう。

 シャンパンは、フランス語で「フルート」と呼ばれるステム(脚)が長く縦長型のグラスで飲むのがよいのか。それともマリー・アントワネット(Marie-Antoinette)の胸の形を基に作られたとの伝説があるカップ型の「クープ」グラスで飲むのがいいのか。

 リジェべレール氏らによるガス・クロマトグラフィー分析の結果、「クープ」では二酸化炭素が少なくとも「フルート」より3倍早く失われることが明らかになった。つまり、「クープ」でシャンパンを飲む場合には、よほど急いでシ飲み干さないとシャンパンならではの泡の弾け感が失われてしまうことになる。

 また、細かい泡をたてる最も簡単な方法はシャンパンの中に溶け込んでいる二酸化炭素の量を減らすことだとリジェベレール氏は述べ、「これには(製造過程の2段階目で)加えるショ糖の量が関係してくる」と指摘した。

■実験後のシャンパンの行方は?

 その一方で、リジェべレール氏は時に、「物理学を持ち込みすぎると、シャンパンの神話性が殺されてしまう」と主張する伝統主義者たちとの論戦にも臨まなければならないという。

 シャンパンは、古来から受け継がれてきた知恵と「テロワール」(土壌)を生かし、職人による小規模生産で造られているとのイメージで描かれてきた。

 しかしシャンパーニュ地方ランス(Reims)の星付きレストラン、「レ・クレイエール(Les Crayeres)」のチーフソムリエ、フィリップ・ジャムス(Philippe Jamesse)氏は、科学とシャンパンは共存できると語る。「ジェラール(・リジェべレール氏)の仕事を見れば、なぜ『クープ』が時代遅れなのか、すぐに分かる。わが店では、もう一つもクープグラスは置いていない」

 さて、科学者たちは実験に用いたシャンパンを、その後どうしているのだろうか?「残念ながら飲むことはない」とリジェべレール氏。「時間が経ってぬるくなり、とても飲めない。おそらく私は、地球上の誰よりも大量のシャンパンを流しに捨ててきた人間だろう」

 シャンパンの泡に関するリジェべレール氏の研究は、スパークリング・ワインやビール、ソーダといった飲料の専門家や液体物理学者の専門誌に発表されている。(c)AFP/Richard Ingham