【8月21日 AFP】イタリア西岸のトスカーナ群島(Tuscan Archipelago)、ピアノーザ(Pianosa)島に到着した観光客たちは、他のリゾートアイランドとはちょっと異なるホストたちに出迎えられる――島でホテルの運営を手伝う5人の受刑者たちだ。

 趣のある港の風景に魚の群れ、インド洋の島国モルディブのようなターコイズブルーの海原。トスカーナ群島7島の1つ、ピアノーザ島は、一見したところは他の島々と変わった点は見あたらない。

 だが、島にある刑務所跡の高いコンクリートの壁が、かつてピザノーザが流刑地だったことを思い起こさせる。マフィアのボスの中でも特に危険とみなされた面々が、1998年の閉鎖まで同島の刑務所に収容されていた。

 そのピアノーザ島に、数人の受刑者たちが戻ってきた。地元の協同組合ム「サンジャコモ(San Giacomo)」が2000年に始めた更生プログラにより、近くのエルバ(Elba)島にある刑務所の受刑者たちが、ピアノーザ島で観光業を手伝いながら生活費を稼いでいるのだ。


■自信を取り戻す受刑者たち

 このプログラムを始めた団体の副代表、ブルネッロ・デバッテ(Brunello De Batte)氏はAFPの取材に、「とても前向きな取り組みだ。受刑者たちが、ある日いきなり刑務所を出される場合と比べて、トラウマがずっと少ない。受刑者たちが徐々に社会復帰する手助けになる」と話す。

 ホテルの仕事を手伝う受刑者たちについて知らされる事実は、いずれも長期の服役中ということだけで、罪状は明らかにされていない。受刑者らは協同組合が運営する全12室の小規模ホテルで、バーテンダーや料理人、清掃係、ウエーター、土産店の販売員などとして働く契約を結ぶ。まだ刑期を終えていないので島を離れることはできず、夜間は特別室に収容される。

 とはいえ、「この何年間かで、受刑者たちが成長し、責任を持って働くことができるようになるのを、私は見てきた。島に着いたころと比べて、彼らは完全に変わった。集団に所属するという感覚が養われたのだ」と、デバッテ氏は強調する。

 同プログラムのもとでピアノーザ島で働き始めて2年になるというシチリア(Sicily)島出身のフィリッポ(Filippo)さん(32)は、鋭いまなざしの青い目で、島での経験から自分に自信が持てるようになり、目標も見つかったと話す。「人生は自分に2度目のチャンスをくれた。社会に受け入れられていると、もう一度感じることができたんだ」

 その一方で、人々から信用を得るのはたやすいことではないという。それでもフィリッポさんはホテルの客室でシーツを交換しながら、「みな偏見を持っているし、それは普通のこと。でも、ぼくはすぐにでも彼らの考え方を変えようと行動するよ」と語った。


■「受刑者も普通の人間」

 ピアノーザ島は現在、野生生物の保護区になっている。同島は第2次世界大戦(World War II)を題材にしたジョーゼフ・ヘラー(Joseph Heller)の風刺小説、『キャッチ=22(Catch 22)』の舞台としても知られ、観光客を集めている。

 ピアノーザ島での更生プログラムに参加できる受刑者は、刑期の3分の2以上を終えた模範受刑者に限られる。フィリッポさんは「ここのゲストたちに、私たちが普通だということを伝えたい。受刑者だからといって手が4本あるわけじゃない。私たちも人間で、人間なら誰でも過ちを犯すことはある」と話す。

 主催者の共同組合は、プログラムはおおむね成功で、公式統計はないがプログラムを体験した受刑者たちは、出所後の就職に成功しているという。


■経済危機でプログラムに暗雲

 しかし、イタリアが財政危機に陥ると、これまでサンジャコモのような協同組合の活動に与えられていた免税措置が停止されてしまった。さらに不景気で同島を訪れる観光客も減り、運営は厳しさを増している。そのあおりで、雇用する受刑者の人数は昨年、8人から5人に削減された。

 こうした現状についてフィリッポさんは、経営が傾くとは思いたくないがとしたうえで、今後の展望については笑いながら「全部が無になってしまうリスクはあるけど、そうなったら、また刑務所の四角い壁に囲まれてちょっと休むことにするよ」と語った。

 一方、デバッテ氏にはプログラムをあきらめる発想は毛頭ない。それどころか、ホテルとレストランに加えて、ピアノーザ島に受刑者向けの職業訓練センターを作りたいと、さらなる抱負を抱いている。(c)AFP