リバプール、ダルグリッシュ監督を解任
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【5月17日 AFP】イングランド・プレミアリーグ、リバプール(Liverpool FC)は16日、11-12シーズンの成績不振を理由にケニー・ダルグリッシュ(Kenny Dalglish)監督の解任を発表した。
61歳のダルグリッシュ監督は2011年1月にロイ・ホジソン(Roy Hodgson)氏の後任として自身2度目となるリバプールの指揮官就任を果たしたが、今シーズンは優勝したマンチェスター・シティ(Manchester City)に勝ち点差37をつけられ、1993-94シーズンの以来18年ぶりの8位に終わっていた。
リバプールのオーナー会社である米国のフェンウェイ・スポーツ・グループ(Fenway Sports Group、FSG)はダルグリッシュ監督就任後、選手獲得に約1億ポンド(約128億円)以上を投じていた。しかしアンディ・キャロル(Andy Carroll)やスチュワート・ダウニング(Stewart Downing)、ジョーダン・ヘンダーソン(Jordan Henderson)、チャーリー・アダム(Charlie Adam)ら高額な移籍金で獲得した選手が不発に終わった。
FSGとリバプールは連名の声明で、「契約満了をもってケニー・ダルグリッシュ監督を解任することを発表する。今シーズンを振り返る慎重な審議の結果、変化が必要との判断に至った。軽率な決断ではない。ただちに後任の選定を開始する」と発表した。
ダルグリッシュ監督はクラブが2度目の就任機会を与えてくれたことを「特権的で名誉なことだ」と話し、「私をサポートしてくれたスティーブ・クラーク(Steve Clarke)やケヴィン・キーン(Kevin Keen)ら全てのスタッフと選手に感謝している。クラブにとって6年ぶりのトロフィーであるカーリング杯2011-12(Carling Cup 2011-12)での優勝や、FAカップ2011-12(FA Cup 2011-12)で準優勝できたことを誇りに思う」とコメントした。
また「もちろんリーグの結果には失望しているが、カーリングカップ優勝だけは何よりも欲しかったし、トロフィーを勝ち取ることがサポーターとクラブにとってどれほどの意味があったか知っている」と語り、「最後に、これまでクラブと私を揺るぎなく支持し続けてくれた全てのリバプールサポーターに心から感謝を述べたい。彼らなしではクラブも私も何も得ることができなかっただろう」と述べた。
■選手、監督として活躍したクラブの「レジェンド」
リバプールに数十年携わってきたダルグリッシュ氏は、サポーターにとっていまだにクラブの象徴的な存在となっている。
ダルグリッシュ氏はリバプールの黄金期と言われる1970から80年代にかけて同クラブで選手として活躍し、1985年には監督として就任した。1979年から1990年の間に選手と監督両方の立場で8度のリーグ優勝を経験し、欧州チャンピオンズカップ(UEFA Champions Cup)では1977-78シーズン、1980-81シーズン、1983-84シーズンの王者に輝いた。
また1989年に起こった「ヒルズボロの悲劇(Hillsborough Disaster)」では、96名の犠牲者の葬儀に出向き、多い日では1日に4件弔問するなど、クラブの失意の時代を牽引したことで尊敬を集めた。
しかし2度目の就任ではクラブの調和を保つことができず、ルイス・スアレス(Luis Suarez)が人種差別発言で処分された問題では、ダルグリッシュ氏の対応が不適切だったと批判も受けた。
カーリング杯2011-12では6年ぶりの優勝をもたらしたが、5月初旬に行われたFAカップ2011-12決勝ではチェルシー(Chelsea)に敗戦を喫した。
ホーム最終戦となったリーグ第37節では4-1でチェルシーに快勝してリベンジを果たしたものの、最終節ではリバプールの数分の1程度の資金で新戦力を獲得してきたスウォンジー・シティ(Swansea City)にリーグ14敗目を喫し、これが監督の退任を決定付ける最後の一撃となった。
英メディアは早くも後任監督候補を報じており、ウィガン(Wigan Athletic)のロベルト・マルティネス(Roberto Martinez)監督やスウォンジーのブレンダン・ロジャーズ(Brendan Rodgers)監督、ノリッジ・シティ(Norwich City)のポール・ランバート(Paul Lambert)監督の名が挙がっている。(c)AFP
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61歳のダルグリッシュ監督は2011年1月にロイ・ホジソン(Roy Hodgson)氏の後任として自身2度目となるリバプールの指揮官就任を果たしたが、今シーズンは優勝したマンチェスター・シティ(Manchester City)に勝ち点差37をつけられ、1993-94シーズンの以来18年ぶりの8位に終わっていた。
リバプールのオーナー会社である米国のフェンウェイ・スポーツ・グループ(Fenway Sports Group、FSG)はダルグリッシュ監督就任後、選手獲得に約1億ポンド(約128億円)以上を投じていた。しかしアンディ・キャロル(Andy Carroll)やスチュワート・ダウニング(Stewart Downing)、ジョーダン・ヘンダーソン(Jordan Henderson)、チャーリー・アダム(Charlie Adam)ら高額な移籍金で獲得した選手が不発に終わった。
FSGとリバプールは連名の声明で、「契約満了をもってケニー・ダルグリッシュ監督を解任することを発表する。今シーズンを振り返る慎重な審議の結果、変化が必要との判断に至った。軽率な決断ではない。ただちに後任の選定を開始する」と発表した。
ダルグリッシュ監督はクラブが2度目の就任機会を与えてくれたことを「特権的で名誉なことだ」と話し、「私をサポートしてくれたスティーブ・クラーク(Steve Clarke)やケヴィン・キーン(Kevin Keen)ら全てのスタッフと選手に感謝している。クラブにとって6年ぶりのトロフィーであるカーリング杯2011-12(Carling Cup 2011-12)での優勝や、FAカップ2011-12(FA Cup 2011-12)で準優勝できたことを誇りに思う」とコメントした。
また「もちろんリーグの結果には失望しているが、カーリングカップ優勝だけは何よりも欲しかったし、トロフィーを勝ち取ることがサポーターとクラブにとってどれほどの意味があったか知っている」と語り、「最後に、これまでクラブと私を揺るぎなく支持し続けてくれた全てのリバプールサポーターに心から感謝を述べたい。彼らなしではクラブも私も何も得ることができなかっただろう」と述べた。
■選手、監督として活躍したクラブの「レジェンド」
リバプールに数十年携わってきたダルグリッシュ氏は、サポーターにとっていまだにクラブの象徴的な存在となっている。
ダルグリッシュ氏はリバプールの黄金期と言われる1970から80年代にかけて同クラブで選手として活躍し、1985年には監督として就任した。1979年から1990年の間に選手と監督両方の立場で8度のリーグ優勝を経験し、欧州チャンピオンズカップ(UEFA Champions Cup)では1977-78シーズン、1980-81シーズン、1983-84シーズンの王者に輝いた。
また1989年に起こった「ヒルズボロの悲劇(Hillsborough Disaster)」では、96名の犠牲者の葬儀に出向き、多い日では1日に4件弔問するなど、クラブの失意の時代を牽引したことで尊敬を集めた。
しかし2度目の就任ではクラブの調和を保つことができず、ルイス・スアレス(Luis Suarez)が人種差別発言で処分された問題では、ダルグリッシュ氏の対応が不適切だったと批判も受けた。
カーリング杯2011-12では6年ぶりの優勝をもたらしたが、5月初旬に行われたFAカップ2011-12決勝ではチェルシー(Chelsea)に敗戦を喫した。
ホーム最終戦となったリーグ第37節では4-1でチェルシーに快勝してリベンジを果たしたものの、最終節ではリバプールの数分の1程度の資金で新戦力を獲得してきたスウォンジー・シティ(Swansea City)にリーグ14敗目を喫し、これが監督の退任を決定付ける最後の一撃となった。
英メディアは早くも後任監督候補を報じており、ウィガン(Wigan Athletic)のロベルト・マルティネス(Roberto Martinez)監督やスウォンジーのブレンダン・ロジャーズ(Brendan Rodgers)監督、ノリッジ・シティ(Norwich City)のポール・ランバート(Paul Lambert)監督の名が挙がっている。(c)AFP
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