【2月29日 AFP】カンボジアの元兵士ポウ・ソペック(Pov Sopheak)さん(50)には左脚がない。1990年に地雷の爆発で失ったのだ。だが、ポウさんはしばしば、今はない「左脚」が激しく痛んで眠れない夜があるという。実はポウさんのように、空想上の痛みに悩まされる四肢切断患者は少なくない。

 現在は警備員として働くポウさんは、20年間も架空の痛みに苦しみ続けてきた。そんなときは、太鼓をたたいたり歌ったりして気を紛らわせるか、切断部分をマッサージしたり、痛み止めを飲むなどしてきたが、ほとんど効果がなかった。

 だが、鏡を用いて脳をだまし、無いはずの脚が「動いている」と錯覚させるという革新的な治療方法に出会って、ポウさんは痛みを軽減出来るようになった。

■ 鏡で脳を錯覚させる

 同国中部コンポンチュナン(Kampong Chhnang)州で四肢切断者のリハビリを支援する英非営利団体カンボジア・トラスト(Cambodia Trust)が開いた初の「鏡療法」研修には、20人以上の理学療法士が参加した。療法士らが注目する中、等身大の鏡を抱えて椅子に座ったポウさんは、緊張した面持ちで鏡に映った自分の右脚をのぞき込んだ。

 カナダ人指導員のスティーブン・サムナー(Stephen Sumner)氏(51)による指導を受けながら、ポウさんの緊張はみるみるとけていく。 指示に従い、ポウさんは右足の指を動かしながら、まるで切断した左脚であるかのように鏡に映し出された右脚の動きを注視する。

 ポウさんは「これまでに味わったことのない感覚。いい意味で不思議な感じだ」とAFPに感想を述べた。「鏡に映った脚を見ると幸せを感じるし、気持ちが穏やかになる」

 サムナー氏によると、鏡を用いて本物の脚と鏡に映った脚を見つめることで、脳は完全に健康な2本の脚を見ていると判断。ストレスを感じることなく義足にも運動命令を出せるのだ。「もがいている脳は、ストレス状態から解放されたくて錯覚したがっている」とサムナー氏は指摘する。そのサムナー氏自身も、事故で8年前に左脚を切断している。

 カナダの非営利団体エンド・ザ・ペイン・プロジェクト(End The Pain Project)の後援をうけ、サムナー氏は貧困に苦しむカンボジアの医師や肢切断者を対象とした研修を実施。脚のリハビリには全身用、腕のリハビリには上半身用の鏡を配布している。

■ 四肢失ったイラク帰還兵の治療にも

 こうした架空の痛みに苦しむ人々は四肢切断者の80%に上ると見られるが、有効な治療薬はない。こうしたなかで鏡療法の理論は1995年、カリフォルニア大学(University of California)サンディエゴ(San Diego)校の神経科学者ビラヤヌル・S・ラマチャンドラン(Vilayanur S. Ramachandran)によって確立された。義手のリハビリにも効果があるという。

 北米や欧州で鏡療法が台頭してきたのは、ここ数年のことだ。ラマチャンドラン氏の同僚で鏡療法に詳しい神経科学者のエリック・アルトシューラー(Eric Altschuler)氏がAFPに語ったところによると、イラクやアフガニスタンに駐留していた兵士が四肢を失って帰還した後、同療法の使用頻度が急増したという。

 鏡療法について、サムナー氏は即効性があるものではないことを強調。少なくとも4週間以上、訓練を続ける必要があると説明している。(c)AFP/Michelle Fitzpatrick