【10月29日 AFP】シャチの一部は南極海から熱帯地方の海へ約1万キロを移動しており、その目的も繁殖や餌にありつくことではなく、古い角質を取り除くためと推測される――。こうした研究結果が26日、英国王立協会(British Royal Society)の専門誌「バイオロジー・レターズ(Biology Letters)」に発表された。

 人間は昔からシャチに魅了されてきたが、長距離移動や季節移動の有無については全くといっていいほど知られていなかった。

■尋常ではない旅行熱?

 米海洋水産局(National Marine Fisheries Service)のジョン・ダーバン(John Durban)氏とロバート・ピットマン(Robert Pitman)氏は、2009年1月、南極半島(Antarctic Peninsula)西側で弓矢を使って「タイプB」のシャチ12頭の背びれに衛星発信機を取り付けた。

 タイプBは南極沿岸部に生息してアザラシやペンギンを好んで食べるシャチを言う。ちなみにタイプAは開水域に住んでミンククジラを餌とするシャチ、タイプCは南極の東海域に生息し魚を餌とする小型のシャチを指す。

 発信機の半数は3週間以内に動作しなくなったが、残りの6個は2年間に予想もしなかったような激しい「旅行熱」の痕跡を示していた。

 シャチたちは、南米アルゼンチンのフォークランド諸島(Falkland Islands)の東側にあたる大西洋を、ウルグアイとブラジル南部沖の亜熱帯海域まで一直線に移動していた。亜熱帯収束線の北側に当たる最も近い暖水域へ最短ルートで向かっていたことになる。また、移動速度は最大で時速10キロで、水温が上がるにつれスピードを徐々に緩めていた。

■皮膚の再生と水温

 では、なぜこのような移動をするのだろうか。

 移動距離と移動速度を考えれば、餌をゆっくり取る時間は残されていないし、第一子どもにはつらすぎる所業だろう。

 中には、9400キロの距離を42日間でこなして南極にもどってきたシャチもいたのだ。

 また、出発日が2月初旬から4月下旬までとばらつきが大きいことは、繁殖や餌をたっぷり食べるための季節移動ではないことも示している。

 そこで、「肌のお手入れ」という可能性が浮上した。

 ダーバン、ピットマン両氏は、シャチは古い角質層を表面に付着した珪藻と共に取り除くために、わざわざ亜熱帯の海に移動しているのではないかと考えている。

 角質層の再生を水中でじっと待つわけだが、海面の水温がマイナス1.9度だと凍死してしまう恐れがある。これに比べて、シャチたちの旅の目的地の海面水温は20.9~24.2度と実に快適だ。

 論文は、「われわれはこうした移動が水温によって動機づけられたものだとの仮説を立てた」と結んでいる。(c)AFP/Marlowe Hood