【5月17日 AFP】福島第1原子力発電所の事故後、北にわずか25キロしか離れていない福島県南相馬市は、ほぼゴーストタウンと化した。医師らも避難した中、患者たちの心に永遠に残り続けるであろう1人の医師がいる。

■震災直後、1人でも留まることを決断した医師

 店は一斉にシャッターを下ろし、大勢の市民が脱出し、病院も閉鎖される中、高橋亨平(Kyohei Takahashi)医師(72)はここに残ることに決めた。高橋医師の病院は市内で唯一、現在も診療を行っている。専門は産婦人科だが、どんな患者も受け入れる。4人の看護師とともに、1日最大120人程度の患者を診察する。大半が高齢者で震災後、政府の避難・屋内退避指示に従い、電気、水、食料のない状態で厳しい寒さを耐えた結果、肺炎を患ってしまった人が多い。

 医者としてここを退くべきではないと思ったと高橋医師は語る。自分がやらなければ誰がやるんだと、自分に言い聞かせた。放射能への恐怖はあるが、南相馬で診療を続けることが使命だと覚悟を決めた。もしかしたら、これが自分の医師としての人生の最終章にあたるかもしれないと思っている。
 
 医薬品や医療機器が不足する中、高橋医師は考え得るすべての人に助けを求めた。首相官邸にも窮状を訴えた。その結果、申し出のあった個人による支援から、自衛隊の援助までをかき集めて不足分を補った。

■海外医療チーム、福島医大チームと連携

 高橋医師の努力は多くの人々を勇気づけている。病院を訪れたアイハラ ヤエコさん(74)は一度は避難したが、高橋医師がいると聞いて戻ってきた。困難な時こそ「お医者さんが絶対に必要」だと話した。 

 海外の医療チームも南相馬市に入り、活動している。そのうち、タイの医療チームは福島県立医科大学と協力し、日本の医師らと共同で、避難所の子どもたちの感染予防に取り組んでいる。

 またヨルダンの医療チームは、海外の医療チームとして初めて、医師、看護師2人ずつの計4人が、4月下旬に南相馬に入った。立ち入り禁止の「警戒区域」に指定された半径20キロ圏内からの避難民であふれ返る同市体育館で健康診断を行っていた。超音波機器も用いた診断結果は、通訳を介して本人に伝えられる。

 ヨルダンチームのある医師(34)は「日本の政府と国民は、これまでにさまざまな場面で、ヨルダンを助けてくれました。われわれはその恩返しをすべきなのです」と語った。

 この医師は、福島第1原発から漏れ続けている放射能についても心配していないと話した。「25キロしか離れていない南相馬でも放射能レベルは極めて低い。心配は無用。過剰反応すべきではありません」

 合同チームを率いる福島医大の高瀬信弥(Shinya Takase)医師は、高い志を持ってやって来た海外の医療チームによる支援は、避難民の健康を改善させると共に、放射能への恐怖で精神的ショックを受けている人々を元気づけ、大きな力になっていると語った。

 また、福島県内で医療活動を安全に行うことができることを証明した点からも、外国の医師たちの合流は意義深いと述べた。

 ムラタ カズヤさん(70)も、地球の反対側からやって来た医療チームに感謝している避難民の1人だ。医師たちのおかげで健康を保つことができ、ほっとしていると語った。(c)AFP/Shingo Ito