【3月9日 AFP】和歌山県太地(Taiji)町のイルカ漁を撮った米映画『ザ・コーヴ(The Cove)』が第82回アカデミー賞(Academy Awards)の長編ドキュメンタリー賞を受賞したことに、地元は反発している。

 太地町は毎年2000匹あまりのイルカを人里離れた入り江に追込み、水族館や海洋公園に売却するイルカを選別し、残りのイルカを殺して食用にしており、かねてから動物保護活動家の批判にさらされてきた。

 映画『ザ・コーヴ』は、米誌「ナショナルジオグラフィック(National Geographic)」のカメラマン、ルイ・シホヨス(Louie Psihoyos)氏が監督した。『ザ・コーヴ』の撮影チームは地元当局や漁民の目をかわすため、海中や入り江周辺の山林に隠しカメラを設置して、頻繁に隠し撮りや夜間撮影を行い、数年間かけて映画を撮影した。

 太地町の漁民は海外メディアの取材に応じることはないが、イルカ漁を何世紀にもわたる伝統漁だと主張する地元住民から多くの支持を得ている。

 太地町の三軒一高(Kazutaka Sangen)町長と漁民は『ザ・コーヴ』のアカデミー賞受賞をうけて8日、「映画は科学的根拠に基づかない虚偽の事項を事実であるかのように表現しており、遺憾に思う」との声明を発表。さらに「太地町における鯨類追込網漁業は、漁業法に基づく和歌山県の許可により、適法・適正に行っているものであり、何ら違法な行為ではない」と主張した。

 地元ガソリンスタンドで働く47歳の男性は「仕事でやっているのに気の毒」と漁師らへの理解を示し、「映画は娯楽作品として作られており、太地町の暮らしを真摯(しんし)に描いていない」との不満を語った。

 太地町公民館の宇佐川彰男(Akio Usagawa)館長も「これで、アカデミー賞の名声も地に落ちた」と『ザ・コーヴ』の受賞に憤る。宇佐川館長は、漁民を「マフィアのように」描いたと述べ、映画が怒る漁民たちを撮っていることについて「仕事を邪魔されて怒るのは当たり前のことだ」と語った。

『ザ・コーヴ』では、1960年代の米人気テレビ番組『わんぱくフリッパー(Flipper)』に登場するイルカの調教師を務めたリチャード・オバリー(Ric O'Barry)氏と太地町住民らとの対立も描かれている。

『ザ・コーヴ』関連本の共著者で映画撮影にも関わった活動家のハンス・ピーター・ロス(Hans Peter Roth)氏は8日、再び太地町を訪れた。「漁民、町の経済、そしてもちろんイルカたち-皆が満足できる状況を見出そうと戻ってきた。イルカ漁よりもイルカウォッチングツアーの方が観光産業が促進されるだろう」。ロス氏は住民との対話を試みたが、実現しなかったという。

 イルカ漁は長年の伝統だとの太地町側の主張について、ロス氏は「伝統文化のなかには正しくないものもある。文化についていえば、スイスの伝統文化ではかつて、女性に参政権はなかった。しかし、それは明らかによい伝統ではない」と否定的な見方を示し、「欧米人も動物にひどい扱いをしている」と付け加えた。スイスで活動するロス氏は以前、牛や豚が食肉用に殺される様子を描いた映画を撮っている。

 一方、シホヨス監督はアカデミー賞の受賞スピーチで、『ザ・コーヴ』は「日本たたきの映画ではない」と強調した上で、「日本人にも、この映画を見てほしい。そして動物を食用や娯楽に利用することが良いことなのか、自分自身で判断してほしい」と語った。(c)AFP/Kyoko Hasegawa