【2月9日 AFP】ウェブサイト管理で生計を立てるニューヨーカー、ブラッド・アベルブフ(Vlad Averbukh)さん(29)のランチタイムにフォークは不要だが、ナプキンは欠かせない。その理由は「血がしたたる」かもしれないからだ。

 アベルブフさんは米国で話題の食事法「パレオ・ダイエット」、別名「原始人ダイエット」を実践している。そのライフスタイルの中心は、原始人のような食生活。「とても口に合わない、という人は多いね。僕は美味しいと思うけれどね」

 ハドソン川(Hudson River)のほとりの公園で、本1冊分もの大きさにカットされた生の牛肉をほおばりながら、アベルブフさんは自分たち「原始人ダイエット」の実践者がいかに人類の時計の針を旧石器時代(パレオリシック・エラ)にまで巻き戻そうとしているかを説明する。「理論的には1万年前の祖先が食べていたのと同じものだけを食べよう、ってことだ。森の中で棒切れ1本で手に入るもの、っていうことだね」

 『The Paleo Diet(パレオ・ダイエット)』の著者、ローレン・コーデイン(Loren Cordain)教授は、今や世界中の食生活が穀物に頼りすぎていると嘆く。同教授は、先史時代の食事メニューから離れてしまったことが、がんや肥満、高コレステロールといった「文明病」を人類にもたらしたと主張する。

 石器時代の食生活は、季節ごとの果実類や赤身の肉、魚などが中心で、加工食品や砂糖、パンを含む穀物や乳製品の摂取はごくわずかだった。

 コーデイン教授は自分のウェブサイトでこのダイエット法について、「考案したのは医師や栄養士、あるいは流行を追う人たちではなく、進化と自然淘汰の過程全体を通じて働いてきた、母なる自然の英知だ」と書いている。

「現代の原始人」たちはジムのランニング・マシーンで歯を食いしばり、筋肉を増強する代わりに、添加物が含まれない、ほとんど生の食品を口にすることで、狩猟をすること――あるいはされること――の厳しさを追体験している。

■「野生セッション」、ニューヨーカーの意外な「原始力」

 欧州でのパレオ・ダイエットのグル(教祖)的存在であるフランス人のエルワン・ルコー(Erwan Le Corre)氏は、自然の中で裸足になって走り、跳びはね、石を投げる「原始人トレーニング」を主宰している。健康をテーマにする男性誌「メンズ・ヘルス(Men's Health)」はルコー氏のことを「ターザンとうり二つの双子の兄弟」、「地球上で最も健康な肉体を持つ男」などと呼ぶ。

 彼のトレーニング法も採り入れているニューヨーカーのアベルブフさんといえば、髪もひげもすっきりと刈り込み、きゃしゃな体にタックの入ったグレーのパンツ、黒い革靴を合わせ、ロウワーマンハッタン(Lower Manhattan )のオフィスに戻れば、ほかのビジネスマンたちと区別がつきそうにない。読者が思い描くであろう「野生」のイメージからはほど遠い。

 しかしニューヨークの街中の足場が組まれた一区画で、そのスリムな体からは想像がつかないほど力強く懸垂を始めたアベルブフさんを見れば、誰もが意表を突かれるだろう。悠然と懸垂を終えた後は、壁に向かって逆立ちだ。「食べる前にエクササイズしたいんだ。食事と運動は両方必要。人類の祖先の生活でもそうだったようにね。彼らにエクササイズが必要だったのは食べ物を狩るためだけど、今でも運動は必要さ」

■動物園人間よりもずっと生き生き

 ルコー氏が「ズー・ヒューマン(動物園人間)」と呼ぶところの現代人は、「洞窟」の外で生きるようになったものの、ストレス一杯で栄養不良なのに肥満がちだ。そうした人たちよりも、自分たちのほうが心身ともに健康だと参加者は口をそろえる。

 ただし、原始人ダイエットの実践には困難もある。アベルブフさんは何人かの友人に「変人」扱いされてもいる。自分で即興エクササイズをするときは、周りに誰もいないことを確認してからやるという。例えば、アベルブフさんが好きな運動メニューのひとつは、スーツのままで道を全力疾走することだが、これをすれば周囲から迷惑がられることは必至だ。「なにか物を盗んで走っているところだと警官に間違われたこともあるよ」

 究極に質素な生活が、同時に安あがりだというわけでもない。パレオ・ダイエットを行っている人が買うのは、草のみを餌とするオーガニック飼育による肉と、同じくオーガニックの果物やナッツだけだが、アベルブフさんの冬の食費は毎日70ドル(約6300円)程度かかっている。

 もうひとつ、原始人ダイエットには「原始人女性」を魅了できるか、という難題が待っている。ニューヨークのような都市には、健康志向が高い女性は山ほどいるが、そうした女性が好むのはたいていレタスのような食事やヨガで、パレオ・ダイエット式の肉食やストリート・ファイターのようなアクロバット的エクササイズは見向きされにくい。

「生肉を食べるのはセクシーでも、女性らしくもないだろうからね」。アベルブフさんもそれは分かっている。(c)AFP/Sebastian Smith