【1月21日 AFP】数千万年前にマダガスカルに移住した風変わりなほ乳類たちは、「陸橋」を渡って来たのではなく、「いかだ」のような物に乗り、嵐や海流に運ばれて来たとする研究結果が20日、英科学誌「ネイチャー(Nature)」に発表された。

 分子のDNAの分析から、マダガスカル固有のほ乳類たちは、4000万年の間に4段階に分けてアフリカ大陸からやって来たことがわかっている。まず6000万~5000万年前にはキツネザルに似た動物が、4200万~2500万年前にはテンレックが、そして肉食動物、げっ歯動物の順に上陸した。

 だが、これらの動物がどのようにしてやって来たかについては、激しい議論が戦わされてきた。 

■「いかだ」説と「陸橋」説

 約70年前に登場した代表的な説が、流木の「いかだ」で、幅430キロのモザンビーク海峡(Mozambique Channel)を渡ってきたというものだ。これは、同島のほ乳類の種が比較的少ないことと整合している。種の少なさは、移住の機会が極めて限られていたことを示すためだ。

 また、上陸したほ乳類のすべての種が半水性動物であった。つまり危険な航海においては、例えわずかであっても泳げる能力が必要とされていた可能性がある。

 しかしこの説については、海峡とそれを取り巻くインド洋(Indian Ocean)の流れが渦を巻いているために「いかだ」がマダガスカルに到達するのは実質的に不可能だったのではないかという問題点が常に指摘されてきた。

 もう1つ有力な説は、マダガスカルとアフリカ大陸を分かつ海峡の底に走る海嶺の一部が当時海面に突き出ており、これが2つを結ぶ「陸橋」の役目を果たしたのではないかというものだ。

 だがこの説にも難点はある。動物たちがマダガスカルまで歩いて渡れていたのだとすると、なぜ一部の限られた種だけがそうしたのだろうか?また、この地域のプレート構成を考慮に入れると、この陸橋が連続的に続いていたとは考えにくい。

■「いかだ」説を後押しする当時の海流

 今回、米パデュー大(Purdue University)のマシュー・フーバー(Matthew Huber)氏と香港大(University of Hong Kong)のジェイソン・アリ(Jason Ali)氏が執筆した論文は、「いかだ」説の方に軍配を上げる新たな研究結果を示している。 

 過去6000万年以上の間に、オーストラリアとインドはそれぞれ2200キロと4000キロほど北に移動し、それに応じて6つの主な海峡は開いたり閉じたりを繰り返し、海流パターンを変化させた。そして同時期、アフリカ大陸とマダガスカルはともに1600キロほど北上した。

 研究チームがこうしたデータをもとにコンピューターでシミュレーションしたところ、始新世時代(5500万~3400万年前)の地球規模の海流系は現代のそれとは明白に異なっており、現在のモザンビークやタンザニアから東に向かう海流が時おり発生していたことも明らかになった。

 論文は、流木を寄せ集めて無数の大きな「いかだ」を形成していた熱帯性低気圧が、いかだの海峡横断の原動力にもなった可能性があると指摘している。(c)AFP