再任されたベン・バーナンキFRB議長の来歴
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【8月26日 AFP】ベン・バーナンキ(Ben Bernanke)氏(55)が25日、2期目の米連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board、FRB)議長に任命された。任期は4年。「世界大恐慌(Great Depression)」の専門家として名高い同氏は、このような惨状を繰り返すまいと気持ちを新たにする。
バーナンキ氏は1930年代の「世界大恐慌」の専門家として有名。米史上最悪となったこの大恐慌では数千の銀行や企業が倒産し、数百万人が職を失った。
バーナンキ氏はジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)政権時代の2002-05年、アラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)FRB議長の下でFRB理事を務めた。大統領経済諮問委員会(Council of Economic Advisers、CEA)の委員長となった後、06年にFRB議長に就任した。
■積極的にメディア出演も
バーナンキ氏の在任期間は、前任のグリーンスパン氏と決別の時代でもあった。特に情報公開の面では顕著で、不明瞭な物言いであまり明らかにしたがらない傾向にあったグリーンスパン氏に対し、バーナンキ氏は情報伝達における透明性の重要性を強調した。
政策面では、バーナンキ氏はグリーンスパン氏とは異なり、他国の中央銀行では一般的な明確なインフレターゲットを採用した。
さらに、メディアに姿を現すということも前任者とは大きな違いだ。人気ニュースショー「60ミニッツ(60 Minutes)」に出演して国民を驚かせたほか、全米記者クラブ(National Press Club)にもFRB議長としては初めて登場した。
07年、サブプライムローン問題をきっかけに米国が直面した経済危機では、議会で副次的影響は比較的限定的と実際より甘い見通しを立て、批判にさらされた。
経済危機が最悪の局面に達した場面では、金利の引き下げに迅速に踏み切らなかったとの批判もある。FRBは08年1月に緊急引き下げを行うまで、金利の引き下げには消極的な対応をとっていた。
■ハーバード大を首席卒業
バーナンキ氏は1953年12月13日、ジョージア(Georgia)州オーガスタ(Augusta)で薬剤師の父と教師の母の間に生まれる。キリスト教徒が支配的な地域で、ユダヤ人の家庭で育つ。
子ども時代はサウスカロライナ(South Carolina)州の人口7500人の小さな農村ディロン(Dillon)で過ごす。
成績は優秀で、大学進学適性試験(Scholastic Aptitude Test、SAT)ではほぼ満点の成績を収める。1975年にはハーバード大学(Harvard University)経済学部を首席で卒業する。
1979年、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、MIT)で経済学博士号を取得。その後、2002年にFRB理事に就任するまで、17年にわたってプリンストン大学(Princeton University)の教壇に立つ。
既婚で2人の子どもがいる。(c)AFP
バーナンキ氏は1930年代の「世界大恐慌」の専門家として有名。米史上最悪となったこの大恐慌では数千の銀行や企業が倒産し、数百万人が職を失った。
バーナンキ氏はジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)政権時代の2002-05年、アラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)FRB議長の下でFRB理事を務めた。大統領経済諮問委員会(Council of Economic Advisers、CEA)の委員長となった後、06年にFRB議長に就任した。
■積極的にメディア出演も
バーナンキ氏の在任期間は、前任のグリーンスパン氏と決別の時代でもあった。特に情報公開の面では顕著で、不明瞭な物言いであまり明らかにしたがらない傾向にあったグリーンスパン氏に対し、バーナンキ氏は情報伝達における透明性の重要性を強調した。
政策面では、バーナンキ氏はグリーンスパン氏とは異なり、他国の中央銀行では一般的な明確なインフレターゲットを採用した。
さらに、メディアに姿を現すということも前任者とは大きな違いだ。人気ニュースショー「60ミニッツ(60 Minutes)」に出演して国民を驚かせたほか、全米記者クラブ(National Press Club)にもFRB議長としては初めて登場した。
07年、サブプライムローン問題をきっかけに米国が直面した経済危機では、議会で副次的影響は比較的限定的と実際より甘い見通しを立て、批判にさらされた。
経済危機が最悪の局面に達した場面では、金利の引き下げに迅速に踏み切らなかったとの批判もある。FRBは08年1月に緊急引き下げを行うまで、金利の引き下げには消極的な対応をとっていた。
■ハーバード大を首席卒業
バーナンキ氏は1953年12月13日、ジョージア(Georgia)州オーガスタ(Augusta)で薬剤師の父と教師の母の間に生まれる。キリスト教徒が支配的な地域で、ユダヤ人の家庭で育つ。
子ども時代はサウスカロライナ(South Carolina)州の人口7500人の小さな農村ディロン(Dillon)で過ごす。
成績は優秀で、大学進学適性試験(Scholastic Aptitude Test、SAT)ではほぼ満点の成績を収める。1975年にはハーバード大学(Harvard University)経済学部を首席で卒業する。
1979年、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、MIT)で経済学博士号を取得。その後、2002年にFRB理事に就任するまで、17年にわたってプリンストン大学(Princeton University)の教壇に立つ。
既婚で2人の子どもがいる。(c)AFP