【7月1日 AFP】作曲家ベートーベン(Ludwig van Beethoven)の代表曲の1つ、『エリーゼのために(Fuer Elise)』の「エリーゼ」とは一体誰なのか。オリジナルの楽譜がないこともあり、この謎は学者たちを長年悩ませてきた。だがドイツの著名なベートーベン研究家クラウス・マルティン・コーピッツ(Klaus Martin Kopitz)氏が、このほど、エリーゼの正体を突き止めたとする論文を発表した。

 ウィーン(Vienna)の聖ステファン教会(St Stephen's Cathedral)に保管されていた記録などから判断すると、この女性はドイツ人ソプラノ歌手エリザベート・レッケル(Elisabeth Roeckel、1793-1883)。1806年にベートーベンがウィーンでタクトを振った歌劇『フィデリオ(Fidelio)』でフロレスタン(Florestan)役を演じたテノール歌手、ヨーゼフ・アウグスト・レッケル(Joseph August Roeckel)の妹だという。

 エリザベートは1807年、兄を追ってウィーンに移り住み、ベートーベンと親しくなった。その後、ベートーベンの友人でライバルでもある作曲家のヨハン・ネポムク・フンメル(Johann Nepomuk Hummel)と結婚したという。

 コーピッツ氏によると、エリザベートは、ウィーンでは「エリーゼ」と呼ばれていた。1814年3月9日に書かれたエリザベートの第1子の洗礼記録に、母親の名前として「マリア・エヴァ・エリーゼ」と記されていたためだ。
 
 この曲が1810年に作曲された当時、2人は親しい間柄で、ベートーベンの生涯においてほかに「エリーゼ」や「エリザベート」といった名前の女性は見あたらないことから、「彼女に捧げられた曲であることはほぼ間違いない」と同氏は主張する。

 2人がどの程度親しかったのか、断言するのは難しいが、「ディナーパーティーの最中、ベートーベンから愛情たっぷりに腕をつねられた」とエリザベートが語ったというエピソードが残っているという。(c)AFP